早稲田日本語教育実践研究 第12号
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4早稲田日本語教育実践研究 第12号/2024/3―17発期間が実質 1 年という厳しいスケジュールであった。しかし,CJL では,2020 年度から本格的に拡大した COVID-19 の影響が縮小し,対面授業が再開する 2023 年度までに総合科目のオンライン化を実現させることが必須課題であったと言える。その主な理由としては,次の 3 点が挙げられる。 1 点目 は,学習者の主体性・自律性を育成する教材の必要性である。CJL は学習者がレベルチェックテストを受験し,履修科目を自由に選択するシステムを採用している。また,テーマ科目ではレベルの異なる学習者が共に学べる科目が展開されており,1 科目に複数のレベルの学習者が履修していることも珍しくない。学習者一人一人に寄り添った教育を行うには,一斉対面授業に加え,学習者が自身の学習環境や能力に合わせて主体的・自律的に学習できるような多様な教育方法が期待されていたと言える。2 点目は,大学教育,および日本語教育界の潮流である。COVID-19 拡大以前から,すでにオンライン授業への関心と需要は存在していた。2020 年より教育機関において選択の余地なくオンライン化が進んだが,このような事態は潜在需要が顕在化したものであり,時代の要請であったとも考えられる。今後は,オンラインと対面各々の長所を生かした授業が常態化していくと予想される。3 点目は,授業形態が短期間に変化することによる学習者と教員の負担である。COVID-19 下で行われていたオンライン授業を対面授業に戻した後に,さらにオンライン授業へ転換するという事態は,学習者と教員に多大な負担を強いることになる。 以上の理由から,CJL では COVID-19 を機に,新たなオンライン授業の実現と教材開発が急務となった。さらに,それらに加え,以前から課題とされていた CJL の教育理念と使用教材の教育理念との齟齬や,レベル間における使用教材のアーティキュレーションの不足という課題も同時に解消することが求められた。CJL では,2020 年度より教育理念に基づいた CJL スタンダーズの開発を進めてきたが,当時の使用教科書は,これらの教育理念やスタンダーズと齟齬を生じていた。また,学習内容やレベルが教科書を基準に設定されていたため,学習内容を柔軟に調整したり,レベル間のアーティキュレーションを調整したりすることが困難であった。総合科目群のオンライン化と同時に,アーティキュレーションに関わる課題も解決・改善することが期待されていたと言える。 新たなオンライン授業の実現と教材開発の条件は次の 4 点であった。(1)学習者一人一人の日本語学習に寄り添うと同時に学習者の主体性・自律性を育成できること,(2)CJLの日本語教育理念とスタンダーズに準拠していること,(3)教育内容を柔軟に調整でき,かつレベル間のアーティキュレーションがとれていること,(4)大学教育および日本語教育に期待される人材育成の方向性と時代の要請に適っていることである。 特に(1)と(4)は,学習者の将来,および今後の日本語教育に繋がるという点で重要である。教育とは学習者の人間形成に寄与する営みである。教育機関において育成が目指される「21 世紀市民」(文部科学省 2008)とは,「先行きの見えない変化の激しい時代の中で,変化自体をよりよい方向に向かわせることができるような心身ともにしなやかでたくましい市民」(国立教育政策研究所 2016,p. 12)とされている。また,早稲田大学では,「グローバルリーダーの育成」を掲げているが,「グローバルリーダー」とは,「何処にいても,またどのような分野で活躍するにしろ,地球市民一人ひとりの幸せの実現をリードする能力と意志を持ち,地球規模の視点で思考・実行する人材」であるとされてい

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