早稲田日本語教育実践研究 第12号
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2.「状況から出発するアプローチ」とは3.学習者が創り出す「文法」42「状況から出発するアプローチ」と説明すると,場面シラバス,機能シラバス,ロールプレイなどと理解されることが多い。「学習者に身近な状況を具体的に設定し,勧誘や依頼の表現などを学ぶのですね」といった具合である。しかし,これは大きな誤解である。言葉は常に具体的な状況のなかにあらわれる。望むと望まざるに関わらず,私たちは日々さまざまな状況のなかで生きている。それぞれの状況において「自分ならどう振るまいたいか」「どのような自分を見せたいか」「何をどのように伝えたいか」を考え,どうすれば日本語でそれが実現できるかを学んでいく授業である(小林 2017)。この授業を実施するようになってから,10 年以上が経つ。事例を 1 つ紹介したい。ある学期の復習Ⅱで,「クラスメートに教えたい日本語を選び発表する」という活動を行った。ある学習者が発表した日本語は「飯行く人 !」であった。「飯/行く/人」のそれぞれの意味を示したのちに,「「飯行く人 !」は親しい友だちを LINE で食事に誘う機能を持った表現である」と英語で説明したのである。この学習者の説明によれば,それまでも寮の同じフロアの学生十数人で作っているグループ LINE に「飯行く人 !」という書き込みがあり,それに対して他のメンバーが「はい !」「オレ ^^」などと反応するのを目にしていた。しかし,1 つひとつの文字通りの意味は理解できるものの,それらが食事の誘いについてのやりとりだとは考えもしなかったのだという。結果として,自分の知らないところで他のメンバーたちが一緒に食事に行っていたことを知り,非常にショックを受けたとのことであった。誰かを誘うときの表現というと,現在の日本語教育では「〜ませんか」「〜ない ?」といった勧誘のモダリティ表現,あるいは「土曜日ひま ?」「映画,好き ?」といった勧誘の談話を後続する前置き表現などが,まずは想起されることが多い。しかし,この学習者にとっては「食事に行きませんか」「飯,行かない ?」よりも,「飯行く人 !」のほうがしっくりくる日本語だったのである(小林 2016)。「飯行く人 !」は,あえていうなら名詞句である。学習者は「モダリティ表現」「談話構造」といった枠組みとはまったく別のところで,自由に「わたしのにほんご」をつかみ取り,それらを位置づけている可能性がある。これからもそのような学びを支援できる授業でありたいと思う。参考文献小林ミナ(2009)「教室活動とリアリティー」小林ミナ・衣川隆生(編),水谷修(監)『日本語教育の過去・現在・未来―第 3 巻 教室』,凡人社,94-118.小林ミナ(2016)「複言語・複文化時代の日本語教育における日本語教師養成」本田弘之・松田真希子(編)『複言語・複文化時代の日本語教育』,凡人社,135-162.小林ミナ(2017)「「状況から出発する」アプローチ」『早稲田日本語教育学』22,101-113.(こばやし みな,早稲田大学大学院日本語教育研究科)早稲田日本語教育実践研究 第12号/2024/41―42

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