早稲田日本語教育実践研究 第12号
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―中国語母語話者を第一歩として―要旨1.はじめに31ショート・ノート早稲田日本語教育実践研究 第 12 号  第二言語教育では教室における母語の使用を回避または禁止する時代もあったが,近年では教育における母語の活用に関する研究が盛んに行われ,その実際の効果も検証されている。本稿では,学習者の母語(母方言を含む)を活用した,音声に特化した授業の設計について報告する。研究の第一歩として中国語母語話者を対象に選び,その母語を活かしながら,日本語のリズム(促音,長音,撥音,拗音),子音(清音・濁音,ナ行音・ラ行音),アクセント(初級名詞,人名,複合名詞),イントネーション(への字のイントネーション,文末のイントネーション)について学習する授業を設計し実践した。  キーワード: 母語の活用,音声教育,発音指導,音声シラバス,授業デザイン第二言語教育では 20 世紀まで,教室における母語の使用に対して消極的な考え方が主流であった(Cook 2001)。代表的な例としては,母語をなるべく使用せずに目標言語で目標言語を教えるという直接法(Direct Method)が挙げられる。1990 年代の頃から母語を教育に積極的に活用する研究が行われるようになり,その効果も実証されてきた。例えば,母語の活用は学習者の言語的・認知的な負担を軽減し(Antón & DiCamilla 1998),学習の効率を向上させ(Cook 2001),学習者の不安を軽減できる(Bruen & Kelly 2017)と指摘されている。また,社会における異なる言語話者間の平等(Auerbach 1993)や,学習者の言語アイデンティティーの保持に繋がるとも指摘されている(Makulloluwa 2016)。上記のような教育と研究の動向を踏まえ,筆者は日本語音声教育においても学習者の母語を活用できるのではないかという考えに至った。劉(2022b)の教材調査の結果から,市販の教科書や参考書における日本語の音声とその練習方法に関する説明には,学習者の母語について言及する場合があるとわかる。しかし,学習者の母語を活用した音声教育に関する実践研究が未だ蓄積が少なく,管見の限り,劉(2022a, 2023c)しか見当たらない。同論文では中国語西南官話話者の日本語学習者を対象に,その母語と母方言を活用した発音授業を 5 週間行っている。そして,アンケートとインタビュー調査から,学習者が得た学びと母語の活用に対する学習者の捉え方を報告している。ただし,母語を活用した学習と練習を経て,学習者の発音と聴取がどう変化するかは解明されていない。劉(2022a, 2023c)の試みを発展させるべく,筆者は発音課題と聴取課題を組み込んだ形で,学習者の母語を活用しながら日本語の音声について学習する授業を設計し実践した。本稿 1)では授業の設計について報告し,実践の結果については稿を改めて述べたい。劉 羅麟学習者の母語を活用した音声特化授業の設計

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