注早稲田日本語教育実践研究 第11号/2023/55―70 1) 音声とは,話者が発声器官を使って発する声を指し,その生成と聴取の双方を含む。本稿では,音声をことばの一側面として捉えることを強調するため,「音声ということばの側面」または「音声という側面」という記し方をする。 2) 音声に対するアプローチとは,認識論的立場にもとづく音声観や音声教育理念と,その方法を含む,捉え方である。 3) 本質主義は,ものごとには固定的な本質が存在すると捉える立場を指す。日本語教育における本質主義の立場とは,規範的な日本語(たとえば母語話者のような日本語,正しい日本語などと呼ばれるもの)が存在し,規範的な日本語をめざすことが日本語学習および日本語教育の絶対的な目的であると捉える立場を指す。 4) 社会構成主義は,対象(たとえば「女性」「アジア人」など)を本質化することに対し,多様性を抑圧してしまう恐れがあるとして問題視している。真理・自己・善に関して広く行き渡っている常識を再考し,伝統の声と批判の声をどちらも対話の中に招き入れることで,未来を創造するための新たな可能性を拓くことを目的とした考え方である(ガーゲン2004)。日本語教育における社会構成主義の立場とは,規範的な日本語を絶対視せず,日本語の多様性を尊重する立場を指す。 5) 協働的学習とは,互いに協力し,ひとりではなしえなかった創発がおきる活動(=協働)をめざす学習を指す(舘岡 2005,p. 96)。 6) 総合活動型日本語教育とは, 学習者一人ひとりに現実の具体的な言語使用場面を提供し,かぎられた期間ではあるが,そこでの達成感のある言語活動をめざす教育である(細川2002,p. 189)。さらに,「行為者自身がことばの学習によって自らのアイデンティティを構築・更新する」ことを教育の目的とする(細川 2008,p. 7)。 7)表中の「2010 年代〜」の部分には,2020 年と 2021 年に出版された文献も含む。 8) 二つのアプローチの双方または中間に位置すると思われるものや,文献の目的によってはどのアプローチか判断できないものもあり,それらは図に記していない。参考文献浅野百合子(1966)「LL 教材に関する二,三の試み」『日本語教育』9,47-61.伊藤茉莉奈(2021)「日本語教育における音声に対するアプローチの展望─発音矯正・音声指導・音声学習支援から音声をテーマとする対話の実践へ─」『早稲田日本語教育学』30,129-148.宇津木昭(2004)「韓国人日本語学習者の日本語におけるフォーカス発話と中立発話の音声的・音韻的特徴」『音声研究』8(1),96-108.梅田博之(1980)「朝鮮語を母語とする学習者のための日本語教材作成上の問題点」『日本語教育』40,35-46.岡崎眸(1988)「第二言語習得の促進を目指す聴解指導─ Comprehensible input の場合─」『日本語教育』64,86-98.岡崎眸(2005)「多言語・多文化共生時代の日本語教育―共生言語としての日本語教育─」鎌田修・筒井通雄・畑佐由紀子・ナズキアン富美子・岡まゆみ(編)『言語教育の新展開─牧野成一教授古稀記念論集─』ひつじ書房 .小河原義朗・河野俊之(2009)『日本語教師のための音声教育を考える本』アルク .ガーゲン,J. K.(2004)『あなたへの社会構成主義』東村知子(訳),ナカニシヤ出版 .ガーゲン,J. K.・ガーゲン,M.(2018)『現実はいつも対話から生まれる─社会構成主義入門─』伊藤守(監訳),二宮美樹(翻訳統括),小金輝彦・川畑牧絵・竹内要江・安宅麻里(翻訳),鎌倉希(翻訳協力),ディスカヴァー・トゥエンティワン .加藤翹子(1978)「韓国人に対する日本語教育」『日本語教育』35,65-78.木下直子(2017)「日本と米国におけるオンライン教育と現状─身近な学習者にアドバイスするために─」『早稲田日本語教育学』23,21-30.68
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