早稲田日本語教育実践研究 第11号
63/126

いていると判断される。一方で,教師の役割については,学習者が主体的に学んでいけるようになる支援であるとし,発音矯正や音声指導のような教師主導の教育ではなく,学習者の主体性を重んじた教育がめざされているといえる。2-2.やりとりの場づくりというアプローチ2□1 では,音声教育を軸としたアプローチの分類をしたが,日本語教育を社会構成主義的に捉える見方が広まったことにより,新たな捉え方が台頭することになった。それは,やりとりの場づくりをすることで,間接的に音声に対してアプローチをするという捉え方である。伊藤(2021)において,この新たなアプローチの理念は「人間関係を構築する」ことであると述べられている(p. 144)。人間関係の構築を理念とすると,1□1 で述べたように,場を共有し,相互理解に至る場づくりが教師の役割であると捉えられる。そして,発音や音声といった学習項目を切り分けてから教えるのではなく,やりとりとの中で出てきた音声にまつわる課題について,音声教育を方法論として用いることも音声に対するアプローチとなる。社会構成主義の立場では,客観的な正しさや自然さというものを絶対視しないため,学習者を日本語母語話者に近づけるという教育をめざさない。それはつまり,日本語の多様性を受け入れ,尊重するということではないだろうか。こうした考え方を音声に対するアプローチという文脈に当てはめて考えると,学習者の発音を,教師や日本語母語話者などの基準に近づけることはせず,学習者が自分らしい発音で表現できるようになることをめざすことになる。日本語母語話者のような発音をめざすのではなく,今の自分の発音に甘んずるのでもなく,理想と現実の間でせめぎ合いながら構築していく,自分が自分らしいと思える発音をめざす。そのために教師ができることは,やりとりの場をつくって,学習者がやりとりをとおしてさまざまな気づきを得られるようにすることである。ここでは,学習者の主体性を重んじていると同時に,教師が学習者と対話を重ねて自分らしい発音を構築することを重んじる。学習者が「こういう発音になりたい」と提示した際,教師は「どうしてそう考えるのか」や「そうなるためにどうすればいいと思うか」のように,問いかける。教師はこうした対話をとおして,学習者が自分らしさについて,音声的な側面からも考えていけるような手助けをする役割を担う。2-3.音声に対するアプローチの四つの分類2­1 と 2­2 では音声に対するアプローチを大きく四つに分類し,それぞれの認識論的立場にもとづく音声観や音声教育理念について述べた。まず,音声教育という捉え方を,音声観と音声教育理念の違いから発音矯正・音声指導・音声学習支援というアプローチに分けた。これら三つのアプローチの音声観はどれも本質主義にもとづく捉え方をしているといえるが,教育の内容と進め方に関して,音声学習支援は学習者の主体性を重視している論考がみられた。三つのアプローチに加え,社会構成主義の立場にもとづく,やりとりの場づくりというアプローチについて述べた。発音矯正・音声指導・音声学習支援はめざす発音が共通しており,さらに発音矯正と音声指導,音声学習支援とやりとりの場づくりは,それぞれ教育の内容と進め方という点が共通している。それゆえ,四つのアプローチの分類について,めざす発音と教育の内容と進め方という観点で,図 1 にまとめる。59論文伊藤茉莉奈/音声に対するアプローチの分類とその課題

元のページ  ../index.html#63

このブックを見る