早稲田日本語教育実践研究 第11号
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注早稲田日本語教育実践研究 第11号/2023/39―54格」「価格の上昇」など教えやすいものが多い。それに対し,他の 3 分野は経済ほど教えやすくはないが,専門連語数が多ければ,次のように,比較的教えやすいものを選ぶことができる。 数学)「解がある」「解がない」「解の個数」「方程式の解」 物理)「波が発生する」「波を観測する」「波の速さ」「波の山」  化学)「原子が結合する」「原子の大きさ」「金属の原子」「安定な原子」留学生に対する日本語教育において指導が可能な専門連語は,資料全体からみれば一部に過ぎないが,日本語教育における専門連語指導の意義は,指導する専門連語数ではなく専門連語の意識化を促す点にあると思われる。留学生は専門連語の知識がなく,専門語の用法をほとんど知らないが,専門連語によって専門語の適切な用法がわかることを学べば,その重要性を理解し,専門連語学習へのレディネスが形成されるであろう。その点にこそ日本語教育の役割があると考える。小論では,高校卒業程度の経済・数学・物理・化学の専門連語を資料として,4 分野の専門連語の言語的な特徴を比較した。その結果,中学用語および 1 級語彙の高校用語を中心語とする専門連語については,日本語教育における留学生への指導の可能性があることが明らかになった。高校卒業程度の専門連語は,日本人が高校卒業までに習得するものなので,留学生にも早期の習得が期待されるが,日本語教育における指導は困難なものが多い。ただ,その分野を専攻する留学生にとっては,母国で既に概念を学習した専門連語もあり,大学で初めて学ぶ専門連語よりも専門性が低いので,対訳があれば,必要に応じて参照し自習が可能であろう。そのような自習教材の作成は,経済分野にはあるが(小宮 2016),他分野については今後の課題である。留学生に対する日本語教育において専門連語の指導が行われ,留学生に専門連語学習に対するレディネスが形成されたとしても,その芽を守り育てていくには,専門科目の教員による指導が不可欠であろう。専門連語は留学生だけなく日本人学生も含めたすべての初学者にとって重要なので,その重要性を専門教員に説明して理解を求め,専門科目の指導において専門連語への注意を喚起してもらえれば,学習者は留学生も日本人学生も発表やレポート作成に専門連語の知識を生かせるようになるのではないだろうか。  1)専門語の形式には,単語と句があるが,日本語の専門語の多くは,単語である。  2) 専門連語を専門語とは別個に連語として専門概念を表すと規定することは,専門連語を専門語と同様に専門概念の名づけの単位と認めることになる。その背景には,連語を積極的に名づけの単位と認める(鈴木 1972:25)立場があるが,それは専門連語を専門語指導の対象にすることを妨げない。専門連語の役割については,小宮(2022)をご参照。  3) 数学の専門連語における動詞の中心語は,「収束する」「振動する」「積分する」「接する」「発散する」「微分する」の 6 語で,「接する」以外は,「専門語+する」である。6.おわりに52

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