り,専門連語も専門語と同様に学部教育の基盤となっている。一方,留学生は専門語のみならず専門連語も意識的に学ぶ必要がある。留学生のための高校卒業程度の専門連語としては,化学(小宮 2006b),物理(小宮 2007b),経済(小宮 2010),数学(小宮 2016)などが選定されている。専門連語は専門語の用法の一部だが,これまで専門語の用法は日本語教師には教えられないとされ(仁科 1997),管見の限り指導に関する先行研究はない。では,留学生に対する専門連語の指導は,物理学などの専門科目の担当教員に任せればよいかというと,日本語学習者への日本語指導の専門家ではない専門科目の教員には,難しい面がある。小論は,日本語教育における専門連語指導の可能性を探るため,高校卒業程度の,経済,数学,物理,化学の専門連語の言語的特徴を比較し,分野間の相違を明らかにすることを目的とする。専門語は専門分野で専門の概念を表すために用いられる語で,大半が名詞である 1)。だが,「価格」「温度」などの専門語は,単独ではそれらをめぐる研究活動や考察を表すことができず,「価格が上がる」「温度が高い」などの専門連語が必要になる。専門連語(小宮 1997)は,小宮の造語で連語の 1 種である。連語の意味は多義的で,近年注目されているコロケーションよりも前から研究が行われてきた(田野村 2012)。専門連語の前提になる連語は,自立語の組合せで,「本を読む」「秋の風」は連語だが,「本を」「秋の」は連語ではない。日本語教育において連語は,自然な日本語表現という慣用の学習に欠かせない。だが,専門分野を学習する留学生などへの指導という観点から専門語の連語を考えると,自然な日本語表現というだけでは不十分である。専門語の連語は,大半が意味の許す範囲で自由に結びつく自由結合なので,多くの連語があり,どれを指導の対象とするかが問題になる。「価格を考える」「嬉しい価格」は,自然な日本語だが,経済学の学習には「価格を決める」「高い価格」のほうが重要であろう。専門語の連語についての同様の議論は,専門語辞典に載せるべき連語とは何かという形でも行われている(Bergenholtz, 1995;L’Homme, 2009;Patiño, 2013)。小宮(1997,1999)は,「価格を決める」など専門分野の学習に重要な連語は専門概念を表すという仮説のもと,経済の専門語の連語が経済の専門概念を表すか否かについて,経済の専門家 3 名に判定を依頼した。判定結果は,3 名が一致して専門概念を表すとした連語から 3 名が一致して専門概念を表さないした連語まで多様で,専門語の連語のなかに専門概念を表す連語と専門概念を表さない連語とが存在することが判明した。そのうち 3名が一致して専門連語と判定した連語のみが専門連語とされた。図 1 の分類は,小宮(2002)をもとに作成したもので,「専門語の連語」のうち連語として専門語とは別個に専門概念を表すものを「専門連語」とし,連語としては専門概念を表さないものを「非専門連語」としている。2.先行研究40早稲田日本語教育実践研究 第11号/2023/39―54
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