早稲田日本語教育実践研究 第10号
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3.実践の工夫と学習者の学び4.今後の課題わけではない学習者に,就職活動中の学生と同様の自己分析を経験させる意味はない。そこで,本科目では,「自己分析シート」という簡易なシートを作成し,自身の長所や短所,経験,志向性,価値観,将来の展望等を書かせている。 最後に,3 つ目の目的は「企業・業界を知る」ことである。学部に属していない日本語学習者や,学部に属していても就職活動に関する情報に接する機会のない学年の日本語学習者は,企業・業界研究の方法のみならず,そもそもどのような企業や業界があるのかといった知識も希薄である。そこで,本科目では,まず日本式雇用形態の特徴から企業・業界研究の方法と,企業・業界の種類に関する基礎知識を共有している。そしてその後,実際に学習者に自身が興味を持つ企業・業界について独自の課題を設定して調査報告を行い,その成果をレポートにまとめるという課題を課している。 本科目において工夫している点としては,学習内容の汎用性と関連性が挙げられる。 本科目の履修者は,多様な背景と学習目的を有しており,就職する国や地域も,興味を持つ企業・業界も多岐にわたっている。したがって,国内での就職活動や就業を想定したビジネス日本語教育は適さない。そのため,「日本語を使って仕事をする」という広い想定のもとに教材を作成し,活動を設計,実施している。さらに,複数の活動が互いに関連しつつ,学習者が自身の将来を考えられるような段階を踏んでいる。 このような試みは未だ発展途上であるが,「日本語を知る」では,ビジネス日本語の初歩を経験できるということが学習者の役に立っているようである。また,それまで言語化されたことのない自己の軌跡や価値観を日本語で振り返り,自身の適性や将来を考えてみるという「自己分析」の試みは,ほとんどの学習者にとっては初体験になるが,自身が進むべき業界や企業を選択する際に,また,アルバイトやインターンシップの面接対策として活用しているようである。さらに,「企業・業界研究」において,自身のキャリアの方向性や希望が明らかな学習者は,自由な課題設定に動機づけられるようで,オリジナリティのある視点から緻密な調査結果を報告してくれる。そのため,それが他の学習者の刺激になり,学習者全体のキャリア意識の向上や社会勉強になっていると言える。 今後ますます多様化する社会のなかで,様々な背景や目的を持つ学習者のキャリア形成を支援していくには,多様性の底にある「働く」ということの根幹により深く踏み込んだ実践が必要になる。今後は,そのような実践の在り方を模索していきたいと考える。。(とらまる ますみ,早稲田大学日本語教育研究センター)早稲田日本語教育実践研究 第10号/2022/55―56 56

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