3.結果と考察す表現であるため,日常会話でよく使うと説明した。特にその使用に誤用が多い「−てもらう」と「−てくれる」については,「−てもらう」は,一般的にプラスになる行為を受ける人と,行為をする人の間が近い人間関係である一方,「−てくれる」は,「−てもらう」に比べ人間関係が薄く,行為をしてくれたことに対して客観的に感謝を表すことが多いと指導した。「−てもらう」と「−てくれる」に表れる人間関係は,牧野(1996)がいう「ウチ・ソト」概念と関係していると考えられる。牧野は「ウチ」を「かかわりの空間」と定義しており,それをつなぐ心理の糸として不可欠なのが「共感(empathy)」であるとした。これは日本語話者の主観的把握とも関連しているが,池上(2009)は事態把握の段階での話者による認知的な営みにおいて差異が生じることは,問題のモノ・コトが問題の発話の場面において話者自身にとってどの程度「関与性(relevant)」があるかどうかということであると述べている。この二つの知見は,日本語はある状況を表す際,話し手が話者自身にとって関わりがあると判断した人物に臨場して発話する傾向があり,そのため,日本語話者は主観的に事態を捉えることを好むということで共通していると考える。この「共感」と「関与性」は,日本語の授受表現を日本語らしく産出するに必要な知見であると言える。なぜなら日本語の授受表現には「事態を自分との恩恵的な関わりの中で把握し,言語化すること」,「ある事態を,自分とその事態の当事者に関わりをもたせ,表現する傾向があること」といった日本語話者が好む事態把握の傾向がよく反映されているからである。2-3.調査対象者および調査方法調査対象者は当授業の履修者 13 名でその出身国の内訳は中国 7 名(以下,JLC ①〜⑦),台湾 3 名(以下,JLT ①〜③),ドイツ 2 名(以下,JLG ①〜②),韓国 1 名(以下,JLK①)である。各履修者の日本語学習期間は 1 年半から N1 所持者(自己報告)までばらつきがあった。調査は,履修者が書いたミニ作文を分析して行った。ミニ作文は自作漫画を見せ,そのストーリーをまとめて書くものであり,特に文字数の制限はしなかったが,漫画の全ての場面について言及するように指示した。授受表現のミニ作文に用いた漫画(台詞なし)は,産出者の恩恵的行為に関する使い方の運用を把握するため「−てもらう」と「−てくれる」の産出を促す内容にした。具体的には,主人公であるある男子(以下,緑君)が大学の先生に会いに行く途中で起こる出来事について描かれているが,交番に道を尋ねて教えてもらったり,重い荷物を持っているお婆さんを助けたり,先生に頼まれた本を買って渡したら,先生がご馳走してくれたりといった出来事である。本調査資料の詳細は「資料 3」を参照されたい。ミニ作文の分析は授業で行った明示的な指導が実際どのように作文に反映されているのかを調べるのが目的であるため,助詞や文法的な活用などの誤用は分析対象外とした。32早稲田日本語教育実践研究 第10号/2022/29―36
元のページ ../index.html#36