早稲田日本語教育実践研究 第10号
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Ⅵ.まとめ突然受けた連絡に保護者も困惑し,即時の理解が得にくい場合もある。実際には,所属機関(学校,企業など)や本人の知人などを介して本国の家族と連絡をとり意思確認をすることになるが,連絡がつかなければ当該国の大使館に連絡するなどの手間が必要で,これらの作業は多大なエネルギーを要する。これだけ日本で生活する外国人が多くなった昨今,現状に合わせた法整備が必要と考えられるが,実際には進まず,「精神神経学雑誌」2020 年第 12 号の巻頭言でも,「喫緊なる外国人患者の受入環境の整備について」提言された現状がある。家族が入院に際し責任の一端を担う制度は本邦特有のものであり,非同意入院に伴う「保護者制度」のない国も散見される 31)。本邦でもよりスムーズな治療のため,救急対応の体制整備やその強化は重要な課題である。3.緊急事態を防ぐには普段の留学生の様子を把握し,その悩みを共有することが,多くの場合危機回避につながるのはいうまでもない。しかし,そうはいっても現実にはそう簡単でないのは周知の通りである。実際,問題ある学生ほど大学と距離を取りたがりがちであり,連絡への返答も滞る(これについては邦人学生も同様である)。例え修学が順調ではなくても,生活が順調か大きな困難はないか,察知できるシステムがあるとありがたい。母国で通院中・治療中の学生においては,保護者に対して事前に本邦の医療事情を説明して理解を得たり,保護者と定期的なやり取りができたりすると安心である。来日前に受け取る健康報告書の中には在学中の病状が懸念されるものもあり,書面を確認する側としては心配もある。2019 年に始まった COVID-19 感染拡大の問題は,変異株出現が相次ぐなど,1 年半たった今でも収束の見込みがたたない。留学生を取り巻く問題は,過去の知見からは見通しきれず,我々の世代が切り開くべき課題は多い。急速に発達した情報技術は多くの問題をカバーしているものの,やはりオンラインのみでは現地の風土や気候,人々の生活に触れることはできず,本来の「留学」に届かない。日本に留まり自国が心配な留学生,再来日の目途が立たず将来に不安を抱える留学生などに接するにつけ,コロナ禍の影響を直に受ける立場を思い,彼らの不安や教育現場の混乱はいかばかりかと推察している。このような社会情勢の中で留学生のメンタルヘルスを考えるとき,本邦の医療体制は十分とはいいきれず,また学内の支援体制もしかりである。保健センターとしては,できる限り各所からの相談に対応できるよう,体制を整える課題がある。代表的なケースを紹介したが,これに合致せず判断に迷うケースや困難を極めるケースもあるかもしれない。これまで報告されてきた留学生のメンタルヘルスの特徴から,修学・研究のプレッシャー,受診への躊躇,緊急例の多さ,適応に伴う受診増加などが特徴として浮かび上がってくる。基本的にはこれらを踏まえて,学内でもよりスムーズな対応を心掛けたい。また,御支援・御指導に当たる教職員の皆様方には,本邦の医療事情,緊急時の連絡体制などの26早稲田日本語教育実践研究 第10号/2022/19―28

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