早稲田日本語教育実践研究 第10号
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筑波大学保健管理センターの受診形態についての調査でも,日本人学生の緊急受診 5% に対し,留学生の緊急受診は全体の 24%21)と,明らかに高い割合であった。一般の日本人が対象であっても,緊急対応は多大なエネルギーを要するものであるが,留学生の危機対応については言葉の問題や保護者への連絡など解決すべき問題が多く,より一層困難を極める。そのような状況を避けるために,普段の心構えと準備が必要である。1.精神科病院への緊急入院何故精神科の緊急対応が大変なのか。まずは,身体科のようにはスムーズにいかない精神科医療の現状について説明したい。一般身体科医療について考えると,具合の悪そうな人がいれば,周囲の人は気が付き次第,救急車を呼び救助活動を行う。この時医療を含め周囲には「迅速に」という命題しかなく,緊迫感はあるものの,取るべき行動自体は明白である。しかし,精神科医療においては,緊急時であればあるほど,精神症状の治療という本来の医療行為よりも,まず本人や周囲の安全確保が必須,といういわば業務外の命題が課されている。興奮,錯乱などの激しい精神症状を呈する状況は,安全という観点で見ると最もリスクの高い状態である。このため,精神科の緊急受診時には,まずは病院のハード面の問題が入院受け入れの可否に直結する。緊急入院を要するようなケースは安全性の高い(頑健な構造の)隔離室・保護室と呼ばれる個室で見守る必要があるが,一般的には病院の設置する隔離室は 5□6 室程度に限られている。頑強な設備維持に費用が掛かる上に,15 分に一度見回るなど,この部屋一つの管理に多くの労力を要するからである。この隔離室が空けられないと新規の受け入れは困難であり,この問題は精神科救急の律速段階(一番時間をとる手順)の一つとなっている。そして,「入院手続き(入院形態)」自体にも特殊な事情がある。本人に病識がない時や必要な入院治療を拒否する時などは,「医療保護入院」29)や「措置入院(自傷・他害の恐れがあるとき限定)」30)という名称の入院形態となり,多くが該当する「医療保護入院」には保護者の同意(入院させたいという意思の表出)が必要である。これらは,社会的権力を持つ人・団体などが,意に沿わない人を「精神病」にしたてて入院させるようなことが起こらないよう,本邦では「精神保健福祉法」28)で規定されている事柄である。身体科医療において,意識のない人が日常的に救急車で病院に搬送されていることを考えると,全く異なった枠組みといえる。つまり,医療保護入院の前提として,保護者が当該患者の「不調に陥り治療を要している状況」を理解している必要がある。2.留学生の医療保護入院この様に,邦人にとってもハードルの高い精神科緊急入院であるが,留学生にとってはさらに多くの課題が存在する。まず,本人への「治療の必要性」についての説明。平素は日本語が理解できても,興奮状態であれば難しい場合も多い。また,言葉や時差の問題などから本国にいる保護者への連絡に手間取るし,事情を説明するにも困難が予測される。さらに,日本の医療システムについて理解を求め,入院治療に同意を求めることになるが,25寄稿論文石井映美・樫木啓二・堀正士/留学生のメンタルヘルスについて

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