Ⅴ.緊急対応件で修学できるよう,彼らの困難に沿うような対応策(例えば読み書きに時間がかかれば試験時間を延長する,周囲の気配で気が散りやすければ別室受験,など)を提案するもので,発達障害学生への「配慮」は今日ある程度マニュアル化されている。これについては,本学では「障がい支援室」が多くの情報を持っている。2.困難なケースこれまで寄せられた相談の中でも周囲が心配するのは,連絡が取れなくなるケースである。親しい友人や日本人クラスメートなどを介して近況が伝われば安心できるが,異国で事件に巻き込まれたり健康を害して動けなくなったりしていることを想像すると,大学側の心配は募るばかりだ。メールに一度も返信がないなど安否が確認できなければ,たいてい直接本人宅を訪ねることになる。この際,勧めに応じて専門機関を受診する,帰国して休養するなどの約束ができれば(そして実行した確認がとれれば)良いが,えてして「精神疾患と診断されたくないので受診しない」,「親(他の先生)には言わないで欲しい」という反応となる。この様な時は,まず組織内で情報を共有することを勧めたい。教職員であっても一人で抱えるには責任が重く,対応もそこで止まってしまい事態も進展しない。多くの意見から,適切なラインが見えてくることは多い。奨学金受給や母国での職業的立場などの理由から,精神疾患の判断を嫌がるケースもあるが,「まず健康が大事」と繰り返し親身に説得したい。もし受診ができ,治療が受けられるようになれば(診断書で確認可能)その進捗を見守るのが基本だが,希死念慮があるケースは,頻繁に安否確認をすることになる。この様な場合は,例え本人が嫌がろうが,やはり保護者に状況を知らせるのが原則である。学生の自殺が生じた際,保護者から「大学は知っていたのに何故知らせてくれなかったのか」という言葉が出ることは多い。突然のわが子の訃報に接すれば保護者も大きく動揺し,本来敵対する相手ではなくても攻撃的になる場合がある。不要な対立を避ける意味でも,危機管理の意味でも,希死念慮が明らかであれば保護者への連絡は原則的に必要である。これはこの後に述べる本邦の精神科救急の医療システムにも関わっている。本人が適切な治療を受け入れない場合,日本の法律 28)ではこれを代行できるのは,家族である。主治医のみが入院治療が必要と判断しても,原則として拒否する患者を入院させることはできない。従来から,留学生が保健管理センター精神科を受診する場合,緊急例や希死念慮を伴う重症例が多いといわれている。この背景には前述の通り,彼ら特有の受診のしにくさがあると推測される。長期間我慢を重ねていたなどの事情から,表面化した時には既に目が離せない状況で,即時の入院治療を要するケースも少なくない。また,留学生の精神疾患は急性発症のタイプが多いとの報告 22, 23)もある。留学生の精神科救急対応は,どの大学の保健管理センターでも,年間数件は経験するものではないだろうか。実際,平成 22 年の24早稲田日本語教育実践研究 第10号/2022/19―28
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