早稲田日本語教育実践研究 第10号
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(1)ホームシック・異文化ストレス(生活・文化・言語への適応の問題)まず,ホームシックと思われるケースはいつでもどのキャンパスでも時折みられるものである。自身の接したケースでは,比較的留学生の少ない地域の出身であったり,来日前の家族関係が密であったりした学生が印象に残っている。幼い子供や病身の親など本国の家族に心配を残す場合は学生の焦燥感も強く,共感させられる部分は大きい。これまでの経験では,ゴールデンウイークや学期終了後の休暇を利用した短期間の帰国や,家族や友人の来日で和らいだ例がある。また,スカイプ,ライン電話,ズームなどの手段で視覚的に近しい人を確認できることは,彼らの大きな支えとなっている。例え留学先として日本を選んだとはいえ,その理由は研究テーマであったなど,必ずしも本邦の生活環境を好む学生ばかりではない。よく言われる「ごみの分別」問題などを例にとっても,慣れない規則を受け入れるのは,一定のストレスになるだろう。このような場合,同国人会や同じ国の出身者(学外者含む)との交流は心を和ませるに違いない。本学にも,留学生交流の場(邦人も参加)24)があると聞いている。特に言葉の問題は,自らの体験を顧みても大きいものである。アルファベットを使う言語圏の人々には,単語を助詞でつなぎ合わせる形の日本語の習得は難しいと聞くし,例え日常は用が足りても,内面を表現するには不自由だろう。本学の学生相談室 25)には英語対応可能なカウンセラーが複数名配置されているので,大きな支えになると考えられる。最近では逆に,日本での生活が気に入ったためこのまま日本で生活し,治療もこちらで受け続けたいという例もある。地域によってはまだ精神疾患に強い偏見が残るところもあると聞くし,地元の医療水準が不十分と考える留学生もいる。因みに理系の大学院生で,「終日研究室で過ごすため日本文化との接点はほとんどない」と語った学生は,「日本にいても日本語を学ぶ機会がなかった」と帰国していった。異文化ストレスにはさらされなかったかもしれないが,文化交流の観点からは少々残念な気もして,またの機会を待ちたいと思う。(2)学業・研究の負担我々の診療室を受診する学生は,ほとんどが学業・研究のストレスを抱えている。日本人でも,留学を有利に決めるため一定以上の GPA が必要という学生,取得単位が不足して卒業が危ぶまれる学生,卒論に着手できないという学生など学業関連の悩みは多い。留学生は,ことさらこのストレスが大きい印象がある。一定期間に評価が得られなければ奨学金が打ち切られる,本国で職を失う,など切迫した訴えもあり,中にはゼミでの発表の際などに過呼吸状態となるなど強い苦痛を呈するケースもある。過去には論文が通らないことを苦に,指導教官の自宅を訪れ不穏状態(混乱・興奮した状態)となったケースにも接した。出現する症状では,不安,抑うつ気分(落ち込んだ気分),睡眠障害,意欲低下,焦燥感,身体不調などが多い。重篤な例に,学業を続けられる状況にはない旨言い渡し,母国での休養を勧告しても,多くがこれに従わず帰国を拒む。後で説明するような緊急対応に発展するケースも散見される。このような場合,所属する教育組織による手厚い関わりは救いであり,教職員からの温かい言葉がけは心強く,留学生の気持ちを和らげるようだ。21寄稿論文石井映美・樫木啓二・堀正士/留学生のメンタルヘルスについて

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