早稲田日本語教育実践研究 第10号
24/114

Ⅲ.留学生のストレスで捉えられる傾向があった 8, 9, 10, 11, 12)。海外に出て改めて実感するところであるが,本邦は他国と接することのない島国であり,「ガラパゴス化」などの表現もあるように,その文化やメンタリティは独特と受け取られる部分も多い。カルチャーショックというと,邦人が外国に留学する場面を考えがちであるが,留学生が来日する際にも当然抱えうる困難と推測される。しかし,時は 21 世紀である。アニメーションなど日本の文化に憧れて留学してきた女子留学生に接したことがあるが,既に同じ趣味の学外の邦人とネットワークを作り,多くの関連イベントに参加してきたとのことで,彼女の披露する日本アニメ関連の情報の多さには驚くばかりであった。昨今の情報化によって,本邦の社会文化的特異性を知らずに来日するケースは少数派になりつつあり,以前に比べるとカルチャーショックが不調に占める割合は低下していると予想される。概して留学生の精神科受診率は,留学先の国の学生(本邦で言えば日本人学生)より低いとされており 13, 14, 15, 16),様々な考察がなされてきた。言葉や利用勝手がわからないため受診しにくいこと 13, 17),精神的にも健康な者が選ばれていること 18),大学院生が多いため年齢が高く課題の多い時期を乗り越えていること 15),精神疾患に対するスティグマ 14, 17)や留学中断の懸念 15)から受診を躊躇すること,留学生の精神的問題は身体化(頭痛や胃腸の不調など体の症状として表現されること)しやすく身体科の受診で完結してしまうこと 14, 15, 19),などが理由として推測されてきたが,実際の需要はどの程度か,確認されてはいなかった。そのような中で,石井の前任の筑波大学で留学生を対象とした「学生生活への満足度について」という調査 20)を行った際,「最近のあなたの心の健康状態を教えてください」という質問に対し,7% が「よくない」,同 1% が「とてもよくない」と回答した結果は,特に印象に残っている。同時期の同大学保健管理センターへの留学生の受診率は 1.4% にとどまっており 21),アンケート結果との解離は重い課題と捉えられた。このような調査からも,いざ受診する段になると緊急例や希死念慮(死にたいと思う気持ち)の切迫した重症例が多いとの指摘 18, 22, 23)の背景には,需要があるにもかかわらず,何らかの理由で受診できない事情が推測される。大学生のメンタルヘルス不調は,留学生も含めてその多くがストレス反応といわれている。彼らのストレス源としては,学業・研究が圧倒的に多いとの報告 21)があり,筆者の印象も同様である。特に留学生は奨学金受給や保護者の期待への思いも強く,学業や研究の結果が彼らの最重要課題であることは間違いがない。1.直面する課題さて,近年留学生が実際に抱える課題はどのようなものか。情報化・国際化は飛躍的に進み,留学生の抱える問題も刻々と変化している。筆者が早稲田大学に着任して 2 年半あまり経つが,その間にも留学生の困難について相談を受けたケースは何件かあった。彼らにとっての課題については特に学業ストレスを挙げたが,それも含めて主なものを述べてみたい。20早稲田日本語教育実践研究 第10号/2022/19―28

元のページ  ../index.html#24

このブックを見る