早稲田日本語教育実践研究 第9号
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2早稲田日本語教育実践研究 第9号/2021/1―2 に気が付かされ,「日本語の授業を頑張るしかない」と痛感した。留学して最初の 1 年はたくさん読まされた。日本人はよく,「日本語は大変でしょ ? 漢字も,ひらがなも,カタカナもあるから」という。だが,数時間で覚えられるひらがなとカタカナはさほど大変ではない。問題は漢字だ。(そして当然文法も難しい !)英語では知らない単語はすぐに辞書で調べられるが,漢字の場合は当時画数から探し出すしかなかった。現在,読めない漢字が出てきてもコピペしてすぐに読み方を調べられるようになったことは,本当に有難いことである。振り返ってみると,全ての読み物の内容は具体的には覚えていないものの,一つひとつから日本語のプチ発見があったと記憶している。松本清張の小説の中で「小太り」という表現に出会った。“Small and fat”の意味だと誤解して,一語で 2 つの状態を表すなんてちょっと失礼ではないかと思った。「小」は必ずしも “small”ではなく,“a bit”の意味もあるとその時学んだ。身体的な表現の解釈も難しい。来日してから 1 週間も経たない内に,「顔が小さいですね」と言われたのだが,アメリカでは話題に上ることがない顔の大きさについて取り上げられたことを不思議に思った。その後他の人からも同じように何度も言われて,「顔が小さい」 = 「いいこと」だから敢えて言うのだと分かったが,今でもアメリカにいる友人にこの話をすると「え ? どうして ?」と聞かれる。この経験を通じて語用論という言語学の分野に興味を持つようになった。授業では天声人語も読んだ。1 本目の記事に出てきた表現は「即死」。「日常生活での使用頻度が極めて低い言葉」,「役に立つはずがない」,「わざわざ覚えるのは面倒だ」と不満に思ったものだ。しかしその後,「即製」,「即売」,「即断」,「即位」のように「即」で始まる言葉が多いことに気が付いた。やはり無駄な勉強ではなかった。扇谷正造著の『聞き上手・話し上手』でもまた別の難しさに出会った。この本の中ではチャップリンの有名な台詞――“Life can be wonderful if you’re not afraid of it. All it needs is りのお金」を意味する“a little dough”が「サムマネーだ」と書かれていた。ところがこの部分を私を含むクラス全員が“Sam Manet”と勘違い。「サム・マネーさんって一体誰 ?」と皆で疑問に思ったのだ。カタカナは難しくないと前述したが,やはり場合によって理解の妨げになることもある。クラス全員で笑った。教室外でも当然毎日,日本語を覚える場面があった。一番印象に残っているのは来日して最初の 1 年で虫垂炎になったこと。「盲腸」,「点滴」,「散らして直す」,「お見舞い」そしてやっと「退院」。これも日本語の思い出。38 年前の私の日本語経験が懐かしく感じられる。今でも毎日日本語に挑戦しているけれど。courage, imagination ... and a little dough” ――の一部が日本語で引用されており,「少しばか(えるうっど けいと,早稲田大学商学学術院)

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