40早稲田日本語教育実践研究 第9号/2021/35―42様性に期待しつつも,基礎的汎用的能力を含め,日本人学生と同様の日本語能力や態度・姿勢を求めているということである。2 点目は,大学では留学生の基礎的汎用的能力を重視しているものの,就職活動と就業のための技能教育の提供が中心になっており,留学生に対する基礎的汎用的能力の育成が十分に行われていない可能性があるということである。そして 3 点目は,日本語能力とキャリアに関わる能力の育成や,インターンシップ等による経験が独立した活動として捉えられ,実施される傾向にあるということである。このような状況の背景には,専門科目を重視するカリキュラム上の制限や,就職率の向上を目指すという必須課題もある。また,仕事上必要とされる技能は必須であり,就職活動や職業能力のための教育が批判されるべきではない。検討すべき問題は,①人材育成に必要な全人的な教育が十分になされていないこと,②実践の前提とされる能力観が「要素主義的・脱文脈的能力観」であり,「要素主義的アプローチ」(松下 2010,後述)による実践が行われている可能性があること,③②により学びのサイクルが構造化されず十分な効果が得られない,または効果の把握がしにくくなっていると推測されることである。松下(2010)は,能力観には要素主義的能力観,脱文脈的能力観,文脈的能力観,統合的能力観があると述べ,それぞれの能力観に基づく学習を「要素主義的アプローチ」「脱文脈的アプローチ」「文脈的アプローチ」「統合的アプローチ」としている。DeSeCo のキー・コンピテンシーとは,生を営むための基礎的汎用的能力であり,特定の行為の文脈の中で複数の能力が相互依存的に影響し合ってその行為を成立させるものである。四則計算や五十音が書けること自体ではなく,獲得した能力を生活の特定の文脈で活かせることが重要である。また,その学習は,情報→知識→経験→行動→評価というサイクルで内化されると推測できる。一方,要素主義的・脱文脈的な学習で獲得される能力は相互に独立しており,学習が文脈なくなされるため,内化の過程が構造化されず十分に内化されない,または,学習者にも教師にも学習全体の効果が把握しにくくなっていると考えられる。ビジネス・コンピテンシー育成のためのビジネス・キャリア教育やビジネス・キャリア支援において,これらの問題を改善するためには,能力育成のための授業活動,評価等の各段階における「統合的・文脈的」能力観を基盤とした,能力の統合性や文脈性を重視する「統合的・文脈的アプローチ」による実践が必要であると考える。早稲田大学が育成すべき能力は,1 構想・構築力,2 問題発見・解決力,3 コミュニケーション力,4 健全な批判精神,5 自律と寛容の精神,6 国際性であった。これら 6 つは,世界や社会が求める能力の中に位置づけられると同時に,本学独自のコンピテンシーでもある。また,これらをビジネスの文脈で活かせるコンピテンシーが本学で育成すべきビジネス・コンピテンシーであると言える。では,早稲田大学の日本語教育に期待されるビジネス・コンピテンシーの育成とは,どのような教育実践や支援によって果たされるのであろうか。これまでの議論を踏まえ,実践を設計,実施する上での重要点を示す。のか,自己実現を果たすことによる自身の生の充実と捉えるのかという教育の射程の問6.本学の日本語学習者のためのビジネス・キャリア教育と支援① ビジネス・キャリア概念の明確化:ビジネス・キャリア教育を職業能力の育成と捉える
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