早稲田日本語教育実践研究 第9号
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39ショート・ノート寅丸真澄・尹智鉉/早稲田大学の日本語学習者が育むべき「ビジネス・コンピテンシー」とは何か要とされるビジネス・コンピテンシーも,④を中心に③の一部を含むコンピテンシーであると言える。コンピテンシーは基本的に専門科目の中で学ばれるものであるが,一般的に,初年次教育はアカデミック・キャリア,キャリア教育はワーク・キャリアのコンピテンシーを学ぶ場と見做される傾向にある。そのため,留学生も在籍する大学や学部に応じて初年次科目,あるいはキャリア科目の中でそれぞれのコンピテンシーを学ぶことになる。しかし,日本語科目しか履修しない日本語プログラムの留学生や,初年次科目やキャリア科目等を設置していない高等教育機関の留学生に十分な学習機会が提供されているとは言えない。現実には,留学生に対するキャリア教育は,専門科目で包含できない学習項目があること,また日本語教育や異文化理解教育と密接に関わる内容があることなどから,日本語教育の中で取り上げられることが多い。そして実際に,職業能力育成を目的とした日本語教育実践や,人間形成を目的とした日本語教育実践等,多様な実践が行われている。一方,ビジネス・コンピテンシーやその育成のための日本語教育についての議論は,十分になされているとは言えない。その理由としては,コンピテンシー概念が広く一概には論じられないこと,またコンピテンシーの文脈依存的な特性から教育機関での教育が容易ではないこと,さらに,現在のビジネスに関わる日本語教育の中心が就職活動や職業能力の育成にあることなどが挙げられる。次章では,その実態を概観し,問題点を示唆する。近年,日本人学生同様,留学生に対するキャリア教育やキャリア支援が着目されている。文部科学省は,国内企業への就職率の向上を目指して,2017 年に留学生の就職促進を目的とした「留学生就職支援プログラム」を策定した。これは各大学が地域の自治体や産業界と連携し,国内・日系企業の就職に重要なスキルとされる「日本語能力」「日本での企業文化等キャリア教育」「中長期インターンシップ」を柱とする独自のプログラムを提供するもので,これまでコンソーシアムを形成する拠点大学 12 校が実施している。そして,「留学生の就職促進に関する周知及び調査研究(留学生就職促進プログラム)成果報告書」(文部科学省,2020)では,その成果とともに,本プログラム参加校を含む 450校の大学に上記 3 つの柱の取り組み状況に関するアンケート調査と,国内企業 410 社に留学生の就職受け入れ状況に関するアンケート調査を行った結果が報告されている。本報告によれば,大学の「ビジネス日本語」授業で多いのは「敬語学習」「職場場面ごとの適切な表現・語彙の習得」「報告書・メール等の作成の習得」であるという。また,キャリア教育では「自己分析・エントリーシート」「日本の就職活動の仕組みへの理解促進プログラム」「留学生を採用する企業一覧情報」「業界研究・企業研究」が行われており,就職率の向上に寄与しているという。さらに,企業が大学以上に留学生に対して日本語能力の向上と働き方・ビジネスマナーに対する理解を求めていることなどが指摘されている。一方,チームワーク,協調性,主体性,実行力,課題設定・課題解決能力といった基礎的汎用的能力を大学と企業の双方,特に企業が期待していることが報告されている。以上のような報告から次の 3 点が指摘できる。1 点目は,企業が留学生の社会文化の多5.留学生に対するビジネス・キャリア教育と支援

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