早稲田日本語教育実践研究 第8号
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4.まとめ:学習者が主体的に考えるために40早稲田日本語教育実践研究 第8号/2020/29―43味を持たされていることを,他の学習者とともに考え始める。そして,「歴史」や,歴史の真実や事実をめぐる「(ひとの)認識」の意味にまで,その考察は進んでいく。そのようなグループ活動を経て,この学習者エイが「コメントシート」に書いたのが,歴史の学習は「人の考え方を作り出す」ことであり,「人々は自分すら知らないうちに,周囲に影響され,常に与えられた立場から考えるではないか」ということであった。しかし,学習者エイの記述はそこで終わらない。さらに,「ここで疑問に思ったのは」と続け,(立場が与えられるものであるとするならば)「立場があるというのは悪いことなのか」と問う。問いを作っていくことによって,さらに自分の思考を進めている。与えられた問いで始めた考察であったが,その答えを探すだけでなく,その過程で新たな問いが生まれている。自分で問いを作っていくことは,考えるためには不可欠である。自らが主体的に考えるとは,自らの問いを作れるかどうかにかかっているということが,ここに表われている。この問いに答える際,この学習者エイは他者のことばに基づいてコメントをつくっている。これは,グループ活動があるジレンマに陥った時に,授業担当者が述べたことばであった。立場は作られたものであり,どんな立場も特定の考え方に基づいている。そうであるならば,客観的な立場というのはあるのだろうかというジレンマである。この話を聞いていた授業担当者は,立場を持つことの重要性について私見を述べた。「決めないと,自分の立場を決めないと見えない,視点も変えられない,どっかには立たなければならない,そうしたらどこに立つのか」。ここから学習者エイは考えた。そして,「立場がなければ歴史を見られないし,立場があるからこそ見方を考えることができる」と書いた。「立場があるというのは悪いことなのか」という自分の問いへの答えは,「否」である。重要なのは,立場があるということ自体を認識することである。上記「コメントシート」に書かれた学習者エイの最後の文は,前の文とのつながりや文自体に説明が必要であり言葉足らずではあるが,それぞれが自分の立場を認識していれば,自分の意見もその特定の立場から見られたものであるということを自覚できるため,国際関係を見る際も「感情的にならず,思い込まず」ということが「重要なこと」であると考えたのではないか。当初,学習者エイの中では,自他の<個人的な経験>は情報や知識としてそのまま並列されていた。そこに明確な問題意識(視点)が導入されることによって,自らが「歴史認識」をどのように経験してきたのかについて考え始めることになる。学習者エイも他の学習者たちと協働する活動の中で,ともに思考を積み重ねた結果,自分なりに「歴史」や「(ひとの)認識」について考え,そのことを記述した。学習者エイ自身の主張が記述された時,「歴史認識」という問題意識(視点)から<個人的な経験>が捉え直され,それが<主体的な主張の基礎>へと転換され,それを材料として考えられたと言えるだろう。4-1.問題と学習者を結ぶ経験まず,本稿の冒頭で提示した問い,個人が直接経験できない問題をどのようにすれば学習者が主体的に考えられるようにすることができるのか,そして,それを日本語のコミュ

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