早稲田日本語教育実践研究 第8号
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34早稲田日本語教育実践研究 第8号/2020/29―43シート」の記述からであった。「コメントシート」は,「グループ活動について」と「授業テーマについて」という大きな 2 つの項目に分けられている。「グループ活動について」の記述を拾っていくと,「違う立場から国際問題を分析することができ」,「お互いへの理解が深まった」と書かれたものが 1 枚だけあった。 まずは,記事の内容,明治の産業遺産が登録されたことについて話し合った。 そこで,日本と韓国の主張を確認した。そして,徴用工の意味についての共通意識を持った。… (中略) …そして,歴史は誰によって書かれているのか,何のために学ぶのか… (中略) …どうやって本当の歴史を知れるのかを考えた。 … (前略) …みんな背景が違うので,違う立場から国際問題を分析することができ,お互いへの理解が深まったと思う(学習者エイ:仮名)。この記述は,上記で取り上げた振り返り授業における学習者たちの発言と類似するものである。本授業を通して,国際問題を分析することだけでなく,議論の参加者をより理解することができたという認識が表わされている。この学習者エイは,授業の中で必ずしも発言の多い学習者ではなかったが,常に授業活動に参加し,着実に「コメントシート」を提出していた。国際問題に関する「授業テーマについて」のコメントも,メディアから得た情報をコピーして書いているのではなく,グループ活動を踏まえた上で学習者エイ自らの考えたことを書いていることが理解できる内容であった。この学習者エイの考えたことの経緯を追うことによって,その過程において経験がどのように扱われているのか,つまり,<個人的な経験>が<主体的な主張の基礎>へと転換し主体的な主張に続くようなプロセスが明らかになるのではないかと考えた。そして,学習者エイの思考がグループ活動を通して生まれたものであるのならば,グループ活動における議論のプロセス自体も背景として明らかにされなければならないと考えたのである。量的な分析ではないためクラス全体を見渡すことはできないが,それでも,学習者が具体的な経験を振り返りどのように自らの思考を展開していったのかについての詳細を質的に明らかにすることは可能である。それを通して授業そのものの意味を捉え直し,今後の教育実践につなげることができるのではないか。以上のような理由から,特定の学習者とグループを分析の対象とした。2-2-2.分析の手順対象授業の教室活動を IC レコーダーで録音し文字化した「授業記録」と,授業後に学習者の書いた「コメントシート」を分析のデータとした 5)。そして,<個人的な経験>が特定の問題意識(視点)を通していかに<主体的な主張の基礎>へと転換したのか,そのプロセスを明らかにしようと試みた。具体的な手順は以下の通りである。(1)「授業記録」において,グループ活動①,すなわちテキスト内容に関する議論について,「徴用工」と「強制労働」という概念を中心にしてその流れを時間軸で追った。その中で,問題を考える視点として「歴史認識」という概念がどのように提出されたのかを確認した。

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