33論文新井久容/国際問題と<個人的な経験>を結びつける性や一人の中にある多様性について認識した学生が多かったことが,「授業記録」から見てとれた。このことが,国際問題を日本語教育において扱った教育実践の成果であると言い換えることもできると考えた。以下にその概要を示す。上記教育実践の第 10 週に,それまでの活動の振り返り授業を行なった。学習者たちは,以下の 4 点について,実際に行なった議論の内容を具体的例として挙げながら再検討した後で,後半の活動の目標を定める。その振り返り項目とは:a) 何のために議論するのか,b) 議論が上手くいかないとはどのようなことなのか,c) 議論が上手くいくとはどのようなことなのか,d) 後半の授業活動で意識的にしたいこと,である。各項目について個々の学習者の考えたことは,授業時間内に記述され提出された。「授業記録」から学習者の発言を簡単に見てみよう。最初の「何のために議論するのか」という議論の目的に関する問いに対して,「個人的な背景」を知るためだという答えが挙げられている。たとえば,「皆個人的な背景が…特に人生に何があったとか,どんな経験でその意見が生まれて話し合いをするのか(わかる)」と述べられている。単に,自分の視野を広げるためや,他人の意見を聞くためとせず,より踏み込んだ指摘がされていることに注目した。「個人的な背景」を知ると「反対意見でもアクセプトしやすい」,「なるほどって納得しやすい」と,その理由が説明されているのが特徴的である。また,「議論が上手くいかない/上手くいくというのはどういうことなのか」という問いについて検討する中で,「個人全体を考える」ということばが,学習者間で共感されながら語られている。上手くいかなかった例を挙げつつ,「自分じゃなくて,個人としての意見じゃなくて,国の対応として(位置づけて)」,「完全に国の立場から考えるのはねえ,やめておく」と,国際問題に関する国の対応と個人の意見とを区別することの重要性が語られる。そして,「国を超えて,個人全体を考える」,「全体を見ていないとうまくいかない…国からの視点だけ…自分のバックグラウンドと自分の国,出身国というのは違う」,「国レベルで見ちゃうと,その国でも全然考え方違う人いっぱいいるので…たぶん誤解が生じる」と,個人のバックグラウンドは様々な要素を含んだ総合的なものであり,その総体として個人を見ることが重要であるという認識が示されている。ともに,議論の相手となる他者をより意識した振り返りの内容が示されている。議論を通して各自の意見の背景を知り,それを受け止めていく。その背景には国家に限定されない様々な個人的な要素が含まれるため,各国政府の見解と分けて考える,というものである。学習者の中では,国際問題に関する知識とともに,それを題材にしてどのようにコミュニケーションをとっていくのかという事柄も意識されている。そして,「徴用工」を扱った授業(第 7 週)で「(個々の学んだ)歴史が違った」ことが考えるきっかけになったと述べた学習者が多くいた。筆者は,学習者自身が指摘した授業が,上記の振り返りの内容に影響しているのではないかと考え,その授業の内容について見直してみることにした。(2)学習者エイとグループ活動についてさらに,授業の参加者の中から,特にひとりの学習者エイに焦点を当てて分析を試みることにした。学習者エイを選んだのは,分析対象とした授業後に提出された「コメント
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