早稲田日本語教育実践研究 第8号
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2.授業分析の対象と方法31論文新井久容/国際問題と<個人的な経験>を結びつけるれてもよいのではないかと思われるのである。学習から得られるのは,国際問題の専門知識が中心となるのではなく,国際問題を語る際に用いられていることばの意味を吟味し再検討していく協働作業の経験である。その意味構築のコミュニケーション活動において,参加者がお互いに理解し合い,かつ,それが新しい意味の創造につながる可能性となるのならば,そのことが,言語教育の場から国際問題に関与していくということではないかと筆者は考えている。これは,学習者がこれまでの学習を通して暗記させられるだけであったことばに,自らの経験と結びつけた意味を与えることができるようになるという概念学習である。これによって,自分のことばを用いて主体的に考え,協働による新たなことばの意味の創造にも参加できるようになることを目指すものである。その新たな意味は,現実との相互作用によって新たな現実を生み出すことにもつながる可能性をもつ。このようなことを可能にすることが言語教育の役割であり,筆者は日本語教育を通してそれを具現化したいと思っている。本稿で提示するのは,そのための 1 つの試みである 3)。2-1.分析対象の概要2-1-1.教育実践の概要対象としたのは,早稲田大学日本語教育研究センターに設置されている国際問題について考えるという授業(日本語レベル上級)である。週 1 回,1 コマ 90 分の授業が 1 学期間 15 回実施されている(2016 年秋学期:履修者 21 名)。この授業の目標は,国際問題について,問いと主張を示して議論することである。世界中から留学生が集まる日本語センターでは,こと国際問題が扱われる場面において,学習者の個人的な見解ではなく,彼らの出身国とされる政府の見解が繰り返されるだけで議論にならないという傾向が見受けられる。筆者が授業において国際問題を扱う理由は,既存のパターン化されたその政府見解を繰り返すだけではないコミュニケーションを志向することに,学習者が主体的に考えるという意味があると考えているからである。その過程で,国益をかかげる国家の論理が,複数ある論理のうちの一つにすぎないことを示して他の可能性を探ること,そして,欧米系の限られたメンバーが作ったとされる伝統的な国際関係の考え方を再検討すること,この二点を通して,学習者自身が文字通り足元から新たな国際関係の意味の創造に関わるという目的も含まれている。15 週の授業の流れは,第 1□4 週に本活動に必要な事柄(レジュメの書き方,報告・議論の仕方)を学んだ後,第 5□9 週に前半の報告・議論の活動(テーマ:日本をめぐる国際関係),そして,第 10 週の振り返り授業をはさんで,第 11□14 週に後半の報告・議論の活動(テーマ:グローバルな国際関係)が実施され,第 15 週にまとめのレポートが執筆される。2-1-2.第 7 週の授業内容上記の教育実践の中で,日本の戦争責任と東アジアの国際関係を扱った第 7 週の授業を

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