早稲田日本語教育実践研究 第8号
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―学習者が主体的に考えるための教育実践―要旨1.はじめに29新井 久容活動早稲田日本語教育実践研究 第 8 号  本稿では,社会への主体的関与という観点がますます重要視される言語教育において,個人が直接経験できない問題を,どのようにすれば学習者が主体的に考えられるようにすることができるのか,そしてそれを日本語教育のコミュニケーション活動としてどのように構想できるのかについて検討していきたい。ひとは経験に基づいて考えるとするならば,直接経験できない問題であっても鍵となるのは経験のほかない。筆者は,<個人的な経験>を特定の問題意識(視点)を通して<主体的な主張の基礎>へと転換させ学習者が主体的に考えられるような教育実践を試みた。そのことを具体的な教室活動の中で提示する。  キーワード: 経験,主体的に考える,問題意識(視点),国際問題,日本語の教室1-1.問題認識ヨーロッパ言語共通参照枠(吉島・大橋他 2004:9)の中で,異なる言語や文化を超えてコミュニケーションをとり行動できる行為者として個人が社会を創っていくという考え方が示されているように,言語教育において,社会への参加という観点はますます重要視されている。知識の習得にとどまらず共に社会を創るための教育を志向する動きは,教育自体のパラダイムの変化,すなわち,学習者が受動的ではなく主体的に学び続けることをめざす動きと重なる 1)。日本語教育においても,たとえば,佐藤他(2015)が「内容重視の批判的言語教育」として,細川他(2016)が「市民性形成」として,新しい枠組みや手法を提案し,日本語教育学会も,学会の「使命」を「人をつなぎ,社会をつくる」として,その方向性を明確に打ち出している(伊藤 2017:10)。しかしながら,このような枠組みにおける学習者の社会(対象)への関与について,具体的な教育実践の中でさらに検討していく必要があるだろう。その際に考慮されるべきものの 1 つとして,学習者の経験が挙げられる。デューイ(2016:42-76)は,個人が能動的に対象との相互作用を通して意味づけ,再構成する動的なものとして,経験を捉えた。Kolb(2015:4-29, 66-69)は,デューイの他,レヴィンのアクションリサーチやピアジェの認識論などに基づくものとして経験学習理論の系譜をまとめ,それが様々な分野に適用されていることを示した上で,ジェイムズ,ヴィゴツキー,ロジャーズ,フレイレ,ユング,フォレットらの影響を指摘し,具体的経験から省察的観察,抽象的概念化,能動的実験というサイクルとしての経験学習モデルをさらに発展させ論文国際問題と<個人的な経験>を結びつける

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