早稲田日本語教育実践研究 第8号
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3.5  学習者との信頼関係を作りあげながら,日本語習得を支援する教師を養成・研修する時代(2010 年以降)1990 年代に始まった技能実習制度で来日する外国人は次第に働き手のいない地域産業の担い手として増えていった。しかし,地域産業を担う企業や監理団体が制度の本来の目的を理解せず,実質的に低賃金労働者として扱う等の問題が生じるようになる。こうした状況に対応して,2010 年出入国管理法及び難民認定法が改正され,新たな在留資格「技能実習」が創設された。これは雇用契約に基づく実務研修を義務化し,外国人研修生の法的保護及びその法的地位の安定化を図ったものである。しかし次第に外国人技能実習生が人手不足を補うための単純作業労働者として働く実態が明らかになり,制度の適正な実施及び技能実習生の保護を目的に,2017 年外国人技能実習機構が設立された。一方,人口減少社会の本格的到来を前に,政府による成長戦略の一つとして高度外国人材の受入促進が進められる。2012 年には高度人材ポイント制が導入され,ポイントが一定点数に達した外国人は出入国管理上の優遇措置を受けられるようになる。また,高度外国人材の大きな供給源である留学生について,在留資格「就学」と「留学」の一本化,就職活動のための在留資格「特定活動」の付与,ジョブフェアやマッチング等就職支援強化が図られる。そして,全国に外国人住民が居住する時代となったことで,日本語教育機関の教育水準の向上,専門性を有する日本語教育人材が求められるようになる。このような背景を受け,2018 年 3 月に文化審議会国語分科会が「日本語教育人材の養成・研究の在り方について(報告)」を発表し,日本語教師の養成・研修への新たな指針が示された。2010 年以降の教師養成に関する論文を見ていくと,縫部(2010)が日本語教育に多様化が求められていることに言及し,「人間カリキュラムを土台として,その上に集団カリキュラム,一番上には目標言語・目標文化学習カリキュラムを位置づける必要がある。目的はそれぞれ,カウンセリング・マインドの発達,対人関係形成能力の育成,伝統的に重視されてきた第二言語としての日本語と異文化としての日本文化学習である。」(p.12)とし,学習者に寄り添い信頼関係を構築できるカウンセリング・マインドを備えた教師の育成が今後の課題であること,学習者が直面する問題や悩みを共有し,助言や指導などの支援を行うことも教師の役割の一つであることを述べている。また,専門家として社会参画ができる日本語教師の養成を行うべきだという言説も出始める。特に大学院で教師養成を行う意義について,藤森(2010)は高度専門職業人養成を目指した大学院博士前期課程日本語教育専修コースにおいて「一方的な授業で様々な教科書を読み解ける力がつくのだろうか。また,知識の受容だけで成長しつづける教師を養成できるのだろうか」(p.73-74)と問題提起し,「教師というものは常に周りの社会文化情報に敏感でかつそれらを察知していなければならず,日本国内だけでなく世界共通の問題をも教材化する能力も専門能力として必要だ」(p.76)と述べ,日本語教育の専門家としての社会的役割を認識し,より良い教育環境を構築できる教師の養成を主張した。研修に関しては,他者との対話を通して行う「自己研修型教師」育成研修が提唱される。文野(2010)は「教師の成長に向けた授業分析では,得られたデータを検討する過程が重要であること。(中略)データを検討するプロセスは,授業についてより深い理解をもたらすだけでなく,教師を思い込みから解放し,教師に自由と自信を与える可能性が高24早稲田日本語教育実践研究 第8号/2020/13―28

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