早稲田日本語教育実践研究 第8号
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23論文藤原恵美・王晶・加藤真実子・倉数綾子・小林北洋・髙木萌・松本弘美/『日本語教育』から見る日本語教師養成・研修に関する言説の変遷ながら日本語習得を援助できる市民の育成が,日本語教員養成入門科目の役割の一つである。」(p.97)とし,日本語教師養成に社会の中で人間関係を構築していくことができる市民性の育成も必要であるとしている。そして,石田(2007)は学生による大学日本語教育授業,教師評価を概観し,「総合評価と正の相関が認められた教員側関連の項目は『教員の熱意』,『授業への学生の興味』,『新しい知識が獲得できる』,『よく準備している』,『説明の仕方が上手』であった。(中略)これらの項目が学生の望む授業を支える要因であり,教員養成で何を教えるべきかを示唆している。」(p.4)と,教師養成の内容が知識,パフォーマンスのみならず人間性に及ぶべきであることを提言している。つまり,学生に対して真摯に向き合っていい人間関係を結べる日本語教師,周囲と協働ができる社会性のある日本語教師の養成が重視されてきたといえよう。こういった養成の流れに対して,古別府(2009)は 2000 年 3 月の文化庁が発表した「日本語教育のための教員養成内容」について言及し,「実質的に日本語教員養成における実践能力の育成を意味し,日本語教育実習の重視へと繋がった。」(p.60)として,大学の教師養成が実習重視へと変化したことを述べている。野山(2008)は文化庁の示した地域日本語教育・学習支援のための政策・施策を概観し,「共同実践を持続可能な状況にするためには,このコーディネーターという専門職の人材発掘・確保がますます期待される。そこでこの専門職の確立や,育成・研修の充実を図ることが,今後の政策・施策展開の中でも,特に大切な課題の一つになろう」(p.10-11)と述べ,地域日本語教育のつなぎ役としての専門家であるコーディネーターの育成の重要性を主張した。研修に関しては,横溝(2001)は「教師トレーニング」から「教師の成長」へのパラダイムシフトを提言し,「自分の『どう教えるか』についての考えを,自分の教育現場に応じて捉え直し,それを実践し,その結果を観察し内省して,より良き授業を目指す能力が,これからの日本語教師は要求されるようになってくるだろう。」(p.58)と述べ,教師のモデルとして自己研修型教師を挙げている。そして,横溝(2001)は「熟練教師がよきメンターであるためには,自身の実践を日常的に内省し続けること,すなわち「内省的実践家(岡崎・岡崎 1997:p.23-36)」であることが必要不可欠なのである」(p.64)と教師自らが自身の実践を振り返る必要性を説いている。亀川(2006)は教師の成長について「広い意味での成長が果たされるためには,自己成長欲求といった個人的要因のみならず,現職者向けの教師教育や研修など社会的要因も充実させていかなければならない。(中略)教師一人一人の自助努力に委ねることなく,向上心の高い日本語教師のニーズを満たすような体制を日本語教育界においてより一層充実させていく必要がある」(p.28)とし,「日本語教師の成長意識における主要な部分は教師自身の向上心など個人の姿勢や態度によるものが大きいが,公的な教師研修の機会もさらに提供される必要があること,(中略)若い教師や経験の浅い教師,就学生・留学生を教える者に対しては専門的力量形成を重視した研修が有効である」(p.30)と述べ,自ら考える教師を育てる研修制度の充実を提言している。このように 2000 年代には,日本語学習ニーズに柔軟に対応し,よりよい人間関係を構築できる社会性のある教師の養成や,自分の教育現場に応じて内省できる「自己研修型教師」を育成するための研修が多く提唱されたと考えられる。

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