早稲田日本語教育実践研究 第7号
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333331巻頭エッセイ教務部長 本間 敬之のグローブ(実験用の使い捨て手早稲田日本語教育実践研究 第 7 号 研究者・教育者の立場になってから,ことばの重要性を改めて強く感じている。専門とする化学の分野でも,昨今最先端の研究は個人はもちろん単独グループでも完結できなくなりつつあり, 従って仕事を進めるには,いわば化学者の言語である反応式等のみならず,それを超えたことばを通したやりとりが必然的に重要になっている。成果を世に問う際も,論文であれ口頭発表であれ,伝えたいことを過不足なく相手に理解してもらうには,やはりその媒介となることばが全体の成否を握る。言語学は全くの門外漢だが,ことばを身につけるには語彙や文法はもとより様々な知識やスキル,そして五感六感を磨くのも大事であることを,随分前に行った米国での研究生活で身に染みて感じた。おそらく母語(日本語)では無意識にやっているのだと思われるが,会話の際には何を聞かれているのか常に予測して理解のスピードを上げること,さらに,当然ながら表情や身振り手振りも重要ということも改めて認識した。そのような意味で,コミュニケーションとして当時一番難易度が高かったのは電話だった。渡米してしばらく経ち,そろそろ試薬の発注を自分でやってみようと,グループの学生さんに想定問答も聞いて業者に電話してみたところ,一連のやりとりの後,何か予期しないことを尋ねられた。辛うじて聞き取れたのは「タックス」と「ディスカウント」で,これは税金の手続き関連の話で間違うとややこしいと思い,近くにいた学生さんに替わってもらった。簡単に電話を切った後で彼が言うには,「今ならラテックス袋)が割引だがこれも買うか ?」とのことだったそうだ。彼自身はそんなことを聞かれた経験は無く,どうやら英語が不得手なカモとみて余計な品を売りつけられたようだった。それから数カ月経ち電話にも大分慣れてきた頃,ロサンゼルスの機器業者に注文した際,必要な仕様もスムーズに説明し相手も了解した後,「イズイット レイニン ?」と聞かれた。発注の内容や手続きからも「レイニン」は何のことだか皆目見当がつかず,「レイニン ?」「レイン !」「レイン ?」と繰り返した後,“The weather ! Rain ! ”と言われようやく合点がいった。丁度その頃カリフォルニアは雨期に入るところで,ロサンゼルスよりずっと北に位置するこちら(スタンフォード)でももう雨が降り始めたかどうかが関心事,という訳だった。まあ世間話しようと相手に思ってもらえる位に進歩した,ということなのかも知れないが,現地の感覚をちゃんと身につけるにはもう一段努力が要ると思った。“Chemistry”とそれをつなぐことば

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