51古屋憲章・古賀万紀子/今あることのつながりを見ていくは普通の授業をやってたんですけど,あるときから,割と早い時期に聴解の担当になったんですよ。全クラスの聴解をやってくれ,というふうになって。本来の導入と練習,というパートではない。一体,聴解っていうのは何をすればいいのかわからないんですね。それで,考えるようになって,聴解っていうのは要するに聴く技能だろう,聴く技能とは何だろう,っていうところからスタートするんですけど。それで,大学へ行って進学をして,そこで留学生が(講義に)ついていく,日本語を使って学習する,っていう生活に持っていくための予備教育として,大学に入る前のあり方,聴く技能に何が必要なのかっていうことを考えざるを得ないわけですね。聴く技能どうするか,っていうことも,ほとんど論文がなかったんですけど。それで,何をしたらいいか,っていうのを散々いろいろ考えて,結局,1 学期 2 学期 3 学期と分けて,初級中級上級っていう分け方してたんですけど,初級では何をするのか,どこまでいくのか,何ができればいいのかとかね。中級上級のレベルでは最終的に大学に行くわけだから講義を聴かなければいけないだろうと。そうすると,最終的に 1 年経って,終わるときにそこへ持っていく,完全にできるとは思わないけども,そこへ何とか食いついていけるぐらいの技能を,そうせざるを得ない,っていうことを考えたんですね。じゃあ,その前に 2 学期の終わりまで何をするか,1 学期の終わりまで何をするか,というようなことを考えていく。結局,ビデオを活用しようと。その頃,ビデオがあったもんですから,一人でしょっちゅう学校のビデオを,録画しては,家帰って文字化して,ひたすらそれをやってたんですね。それは何をするかっていうと,未習語がどのくらいか。未習語の何が大事かっていうと,未習語の類推力なんですよね。いろんなことを聴いてても,知らない言葉が出てくると,すぐわからない,放棄する,っていうのを止めさせるためにどうするかっていうのが,基本的には講義を聴く技能だろう,というふうに考えて。そのために,知らない言葉があっても気にするな,っていう。「状況や前の文や後ろの文からそれを考えればいい,知らなかったら忘れてもいいから,無視していいから」っていうようなことを言う。それで,そういうのを聴かせるわけですね。ニュースとかみたいなものを。それで,「何について言ってた?」っていうようなことを理解させるということをひたすらやってたんですよ,授業では。(そのような授業をふまえて)こういう方法があるとかね,つまり聴くとは何が大事かっていうようなことを書いたり,こういう方法があるのではないか,と書いたり,ってなことをやってたんですね。(論文に書くのは)繰り返してやってみてこれは大事だってわかって,っていうようなことですよね。(それが)研究っていう意識はあんまりなかった(笑)。だから私はずーっと今でも研究者じゃないと思ってるんです。教育者だと思ってるし,なりたいと思ってる。研究者かって言われたら,とても研究者じゃない,と,今でもそう思ってますよ。まあでも大学の教師になってからはなんか発表しなきゃいけないじゃないですか,義務,だからしょうがないですよ,これは。こっちがいい悪いじゃなくって,これしかないから,私はこう思うから,これしかできないからこれやります,というのが私の履歴ですね。だから,「研究か」って言われたらよくわからない。研究とはあんまり思ってない。ははは(笑)。やってみて,これ失敗した,と思ったら,それをできるだけ客観視して,文字にしてみようという考えですよね。うん。過程を見せることですね。手の内をさらけ出す。ま
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