早稲田日本語教育実践研究 第6号
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43鈴木伸子/中小企業の海外拠点で働く外国人社員の再適応9.本研究の意義と今後に向けてがあることを十分に説明し,再度,就労年数と志望企業について検討するよう指導をすべきではないだろうか。 大学におけるキャリアセンターの職員や,ビジネス日本語の担当教員で就職支援を行う者は,就職活動を突破するための指導やアドバイスが最優先となるかもしれないが,就職する留学生数の増加に伴い,今後は彼らの入社後の定着にも目を向ける必要が出てくるだろう。本研究で明らかとなった海外拠点の人事の実態も視野にいれて,留学生のキャリア形成と就職について長期的な視点での指導を行うべきではないかと考える。 本研究では,文系総合職として日本の中小企業に入社した外国人社員 2 名を対象に,海外拠点へ異動後の職場環境・仕事内容と,本人の□藤・成長に注目しながら適応のプロセスを分析した。両名とも,帰国前は予想もしなかった母国のビジネス規範(拠点責任者は日本人がデフォルト,拠点内での電話応対や取引でのルーティンには ASEAN の特徴が反映される,等)や初めて担当する多様な業務に直面し,□藤しつつも徐々に適応が進む様子が見て取れた。ただし,彼らの視点からは,現在の勤務はあくまで暫定的なものであり,将来の方向性はまだ流動的なものとして認識されている。本稿では,こうした一連のプロセスをモデル化した仮説を生成した。 本研究に対して,対象者が 2 名とごく少数の典型例を扱っている点が否定的に受け止められる場合もあろうかと予想するが,ここで生成された仮説(モデル)は,実践的活用を促し,その活用によって広く検証と仮説の改善を目指している。 木下(2003)が指摘するように, M-GTA を用いてボトムアップで生成された仮説(具体的には特定の人々の行動に関するモデル)とは,広く一般的に通用する理論や法則ではなく,収集したデータに関する限り,という有効範囲がある。このように特定の範囲に関して人間行動の説明と予測に関して優れた説明力を持つということは,同様の状況におかれた類似する人々に向けて応用可能であることを意味する。彼らに対して仮説を応用することで,新たに理論に疑問符がついたり,補足されたりと,後から広く理論の活用や検証ができるのである。木下はこの点を「データに密着した分析から生成される理論は,それ自体の説得力に加え,応用されることにより検証されていく」(木下 2003:p.26)と説明している。それ故,本研究から得られた仮説も,今後類似する立場におかれた外国人社員に対して実践的活用を促すと同時に,その行動の説明や予測に有効かという観点で引き続き理論が検証されることを想定しており,そこに本研究の意義があると考える。 本研究で対象とした 2 名の外国人社員は,現在もそれぞれの母国で勤務を継続している。今回の分析は, 3・4 年目の年次で海外拠点に異動する前後の彼らの適応プロセスを明らかにするものであったが,これからの彼らの成長に伴って新たな変化が生じる可能性はある。加えて,他の外国人社員の中にも,日本国内で管理職になる者,転職・離職する者,起業に踏み切る者など,多様なパターンのキャリアが予想される。今後も,国内外で活躍する外国人社員の成長とキャリア形成について,日本経済の動向や政府の移民政策をふまえながら,人々の社会的実践に貢献するような研究を手がけていきたい。

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