早稲田日本語教育実践研究 第6号
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42早稲田日本語教育実践研究 第6号/2018/31―458.大学における留学生向け就職支援への示唆な指示を出すこと,そして,社長やローカルスタッフの通訳業務を通じて,経営や経理のノウハウを実践的に学ぶよう自覚させること,この 2 点が人材育成には効果的と思われる。 まず,上司による明確な指示の重要性である。若手の外国人社員は,語学力はあるが,実務経験が乏しいため,独力での判断や処理が難しい。従って,ベテラン社員に対してしばしば行われる, 全てを“任せる”タイプのマネージメントではなく,業務の方向性と手順を具体的かつ明確に示して,そこから学んでもらうマネージメントが必要だろう。中小企業では,ミンのように外国人社員を単独で駐在させ,その国の出身者という理由で拠点の立ち上げや市場開拓を任せるケースも少なくないが,外国人社員なら誰でも強い責任感を持ち,独自の分析力で目標の実現に向けて邁進するとは限らない。いわゆる“丸投げ”にはせず,常に相談の窓を開いておくべきだと考える。 次に,通訳業務を通しての各種業務の習得である。駐在業務は,拠点のあらゆる業務に関わらねばならない立場になるが,座学でじっくり学ぶ余裕はないため,全て実践の中で覚えるしかない。その点で,通訳という立場は,日本式と母国式の双方を視野に入れることができ,尚かつ,自分が理解できるまで平易な説明を繰り返してもらえるメリットがある。特定の業務を深く掘り下げて学ぶことは難しいかもしれないが,幅広い業務をひと通り学ぶには有効な手法と言える。人事や直属の上司が,通訳業務を意識的に学習の場とするよう本人たちに意識づけることは,拠点における彼らの育成に有効だろう。 日本での就職を希望する留学生にとって,中小企業が現実的な就職先であることは冒頭で述べた通りだが,本節では,本研究の結果をふまえ,就職活動中の留学生の希望勤務年数と,彼らが担当可能な業務やスキルの間にもギャップがあることを指摘しておきたい。 経済産業省(2015)の留学生を対象とする調査結果によると,34.7% の留学生が入社先の企業では 5 年以下の就労期間を希望すると回答している。5 年間という就労期間を,彼らはどのように理解しているのだろうか。この点は,留学生を送り出す大学側のキャリア教育や就職支援にとって重要な教育項目として認識すべきである。というのも,本研究の対象者は入社 3 年目と 4 年目の,海外拠点に移って約 1 年を経過した時点でインタビューを行ったが,いずれも一人前の働きぶりには遥かに遠いという自覚があった。日本国内の本社であれば,仕事内容も配属先ごとにある程度は専門化されているため,5 年もあれば担当業務に熟達することは可能かもしれない。しかし,海外拠点において,それも少人数で切り盛りする中小企業の海外拠点を背負って立つような場合は,たとえ 5 年目でも十分な経験とは言い切れない。というのも,日本語と現地語の話せる人間として,拠点で発生するほぼ全ての業務に関わることになり,初めて携わる未知の業務のほうが圧倒的に多くなる可能性が高いからである。さらに,身についたビジネススキルや知識は日本式であるため,母国ながらも異文化適応を迫られる局面もあり得る。 以上のような状況を考えると,数年間の就労で転職したい,母国へ帰りたい,という留学生に対して就職支援を行う場合は,踏み込んだ指導を行う必要があるように思われる。具体的には,2 〜 3 年限りの就労を主張する留学生の場合は,ミンやワットのような現実

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