早稲田日本語教育実践研究 第6号
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41鈴木伸子/中小企業の海外拠点で働く外国人社員の再適応7.日本企業の海外拠点へ異動する外国人社員の育成に対する示唆わせることができる。従って,特定の組織や環境に深く適応する必要はない。自分だけのポータブルなスキルを武器に,どこの国のどの職場でも同じように働くのが彼らのスタイルである。若手のミンとワットが仕事を選べるレベルにないことは明らかだが,彼らのような文系総合職社員の場合,将来どのような要素がポータブルなスキルとなるのだろうか。 本研究からは,彼らの不適応は,国内本社もしくは日本式を貫く日本人トップと,ローカルのビジネスの間の調整・融合という難易度の高い業務があること,そしてそれにうまく対応できない自分の未熟さに起因することが判った。海外拠点は少人数で運営されるため,指導体制が不十分な場合も多く,ミンに至っては同僚も上司もいないたった一人での拠点運営である。とはいえ,そのような環境で,尚かつ難易度が高い業務であれば,それをこなせるようになったとき,そのスキルが彼らだけのポータブルな武器となる可能性はある。 従って,暫定的でも勤務継続を選ぶことは,海外拠点に特有な二重構造のビジネス場面において,日本式でも母国式でもない,拠点にふさわしい新たな手法を見出すために不可欠と言えよう。例えばミンの場合は,駐在業務に慣れるにつれ,日本本社からベトナム企業への見積や照会にも,独自の判断でいくつかの工夫を加えるようになった。M:最初,日本からもらった書類,そのまま,(ベトナム人の取引先に)ぱっと渡して,「答えてください」みたいな感じですけど,最近はもう,やっぱり細かく「これこれで,いついつ」とか,そういう要求も(自分が)細かく日本側に聞いてから,流すんです。 このような工夫を,駐在業務のあらゆる局面で提供できるようになったとき,彼らは代替のない本来的な意味の高度人材となり,その強みを活かして業務に取り組むことができるのではないだろうか。それゆえ,特段の技術や知識のない文系総合職の外国人社員が,その段階へと行き着くには,まずは日本企業のルーティンを熟知する必要があり,ひとまずは辞めないことが次のステップに繋がる。ただし,日本式・母国式ビジネスの調整・融合に効果的なビジネス手法には,具体的なマニュアルがあるわけでも,同じ立場でノウハウを指導してくれる母国出身の先輩社員がいるわけでもない。ふたつの文化の間で,自ら思考し,調整の実現に向けて試行錯誤のできることが重要な資質となるであろう。 なお,二人には,新入社員として国内に配属された際,当初は何もできなかったが,職場に適応するにつれて独力でできる業務の幅を広げていった経験がある。海外拠点で,未経験の広範な業務に直面しつつも辛うじて勤務を継続できた要因として,新人時代のこうした経験が影響している可能性はないだろうか。この点については,配属先での業務が学生時代の専門分野やスキルと一致する理系技術職の場合と,ミンやワットのように全く一致しない文系総合職を比較する必要があり,今後の新たな研究課題として稿を改めたい。 2 人の経験からもわかるように,海外拠点の駐在業務は大から小まであらゆる職務をこなさなければならず,若手社員にとっては極めて幅の広い OJT となる。それも,何が分からないかすら分からない状態から始まるため,上司が明示的かつステップを踏めるよう

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