早稲田日本語教育実践研究 第6号
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34早稲田日本語教育実践研究 第6号/2018/31―45 外国人社員も,文化を越えて移動する人々である。彼らの組織社会化や職場での問題点を取り上げた先行研究はあるが(塚崎 2008,島田・中原 2014,鈴木 2015),これらは日本国内での勤務者を対象に職場環境や就業状況を調査している。ちょうど,U カーブで示される異文化適応モデルの範囲内,即ち,日本という異文化環境の下で業務に取り組む外国人社員を対象としており,彼らの母国帰国時の状況は視野に入っていない。 ただし,塚崎(2008:p.301)は自らの結論をふまえ,日本勤務後の外国人社員について,次のように述べている。日本企業では,専門的外国人にも高い日本語能力や協調性が求められ,“日本人化”していないと受け入れられない,しかし同時に,いったん“日本人化”すると日本関連の職務でしか活躍できなくなるおそれがある,という。この予想通りなら,徹底的な日本人化を果たした外国人人材ほど,日本以外の国では,たとえ母国であってもビジネス場面の文化に対しては不適応に陥る可能性がある。 そうした変化を見るには,文化間移動をした個人に注目する必要があるだろう。村田(2011)は,或るインド人 IT 技術者の,日本とインド間を移動しつつのキャリア形成を追い,この対象者が日本企業で技術を向上させると,有利な条件を求めて早々に転職を試みる姿を報告した。IT 技術者の場合,技術力次第で世界中どこでも働けるため,技術力さえあれば,“日本人化”するほどの深い文化的適応は絶対条件ではない。実際,海外では,高度な技術や知識を持つ外国人材が,経験や技術力を武器に国際的規模で移動を繰り返している(Kuptsch & Pang 2006)。国際労働市場で強い競争力を持つ彼らは,その技術力で「自らの越境において相対的に高い自由度を享受している」(明石 2015:p.99)という。対照的に,日本企業に文系総合職として入社した元留学生の外国人社員の場合,少なくとも勤務年数が浅いうちは特段の技術や知識はない。世界的に見ると,彼らは外国人人材として極めて特殊な存在なのである。 一方,中国人元留学生に限定しての調査だが,竇・佐藤(2017)は,日本の国内企業に就職して勤務する者と,母国に帰国して日系企業もしくは中国企業に勤務する者の双方に,職場環境・生活環境に関して質問紙による横断的な意識調査を行った。その際,理系出身と文系出身という属性に応じて分析をしたところ,日本で勤務を継続する人々よりも,帰国者,特に理系出身者の職場環境・生活環境への満足感が高いという結果がでた。ただし,彼らは自発的な就職・転職のために帰国した人々で,その 6 割が 30 代の中堅社員だった点は考慮しなければならないだろう。というのも,技術者として一定のスキルや経験を獲得した人々であれば,その技術を武器に仕事を選択でき,文化的な適応とも関わりなく思い通りに働くことができる。満足度の高さは当然の結果と言えるかもしれない。 そう考えると,文化間移動の結果,母国への再入国に伴って□藤や不適応が懸念されるのは,文系総合職として就職した元留学生,それも,中小企業の海外事業開拓のため,若手ながらも企業内転勤を命ぜられた人々ではないだろうか。彼らは,海外拠点へ転勤する日本人社員の平均像には経験・スキルともに遠く及ばず(白木 2008),母国勤務で武器にするものがあるとすれば語学くらいである。そんな若手外国人社員が,帰国した母国の職場で不適応に陥ることはないのだろうか,仮に不適応となっても離職に至らず勤務を継続するのであれば,それはどのようなプロセスを□るのだろうか。

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