早稲田日本語教育実践研究 第6号
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33鈴木伸子/中小企業の海外拠点で働く外国人社員の再適応2-1.日本企業の海外拠点における人的問題 まず,中小企業の海外拠点の特徴を,人材を含む経営的な側面から概観する。労働政策研究・研修機構が,中小企業を含む日本企業の海外現地法人に対して実施した調査によると,日本企業は他国の企業と異なり,企業運営・事業活動に不可欠な重要ポストに日本人派遣者を充てる傾向があるという(労働政策研究・研修機構 2006:8-12)。つまり,他国の企業が,事業の現地化を目指して海外進出を行うのと対照的に,日本企業は本社の延長として海外展開を目指すことが多い。日本企業はその独特なビジネス手法で世界的に知られているが,海外展開でも自らの特徴を貫こうとする点で独特と言えよう。 しかし,このような海外展開に起因すると思われる悪影響が,この調査における現地経営上の課題・問題点という質問項目の回答結果(複数回答)に現れている。指摘された問題点は,多い順に「派遣者・現地スタッフ間の意思疎通」(38.5%),「日本本社・現地法人間の意思疎通」(31.1%),「現地国中間管理職(部課長職)の能力不足」(30.6%)であった。海外拠点は,その内部および本社とのコミュニケーションに問題を抱えていることがわかる。更に,本社と現地法人の間の意思疎通が阻害される問題(複数回答)に焦点を当てると,「本社が現地の事情を理解していない」(34.9%),「現地スタッフと日本本社の言語上の問題」(26.9%),「本社が本社の基準を押しつける」(23.8%)という回答が並び,本社と海外拠点の間には言語的かつ文化的な壁の存在が見て取れる。 このような状況であれば,現地の言語や文化に精通すると同時に日本本社のやり方も熟知して,ローカルスタッフと本社の橋渡しができる人材が欲しい,という本社経営陣の発想は容易に理解できよう。しかし,日本人トップと現地スタッフの対立が日常的に存在し,拠点の意思決定は常に本社という環境下で,経験の浅い外国人社員にどのような役割が可能なのだろうか。リーマンショック以前の調査結果だが,白木(2008)によると,日本企業における海外派遣者の平均年齢は 46 歳で,勤続 20 年を経て海外赴任というのが平均的だという。海外拠点では,経営や人事育成に関わる重要なミッションを一人で広く担当するため,勤続 20 年を経た優秀な人材でないと務まらないのである。ならば,日本語と現地語に堪能で現地の事情に詳しいというだけで駐在員となった場合,マネジメントやセールスの部分での実力不足が露呈する可能性は否定できない。2-2.異文化適応プロセスと文化間移動をする外国人人材 異文化環境に移動した人は,カルチャーショックに代表される不適応に直面しつつも,次第に適応 2)するという。そのプロセスを表した古典的なモデルが,UカーブとWカーブである(Lysgaad 1955)。前者は,異文化環境に移動した当初は不適応状態に陥るが,その後,U字型に回復して適応することを表すモデルである。後者の W カーブは母国出国から帰国までをモデル化したもので,異文化社会への移動後と,帰国時の母国入国の際に 2 回の不適応が発生することを示す。これらのモデルで重要なことは,私たちは自らが長期滞在する特定社会の文化に適応するため,複数の文化に同時に適応することはできない,という点である。従って,W カーブのモデルで帰国時に不適応が発生するのは,異文化に適応を果たすと,同時に,母国社会の文化的規範からは離れてしまうからである。その結果,帰国時には母国でありながら一時的な文化不適応が生じると言われている。

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