早稲田日本語教育実践研究 第 6 号 本研究は,日本国内の中小企業で 2 〜 3 年働いた後に母国の海外拠点に異動を命ぜられた外国人社員の職場環境とビジネスパーソンとしての成長に注目しつつ,母国に再入国した外国人社員の適応プロセスを明らかにするものである。対象者はベトナム人とタイ人の男性社員 2 名で,日本国内の勤務時と海外派遣後の 2 回のインタビューデータを対象に,M-GTA による分析手法で仮説生成を行ってモデル図を作成した。2 名の置かれた状況は異なるが,海外拠点のビジネスは日本人トップが進めて外国人社員が決定権を握ることは稀であること,そして,いったん日本本社でビジネススキルや知識を身につけると,母国とはいえ帰国後のビジネス場面では再び新たな適応を迫られることがわかった。 キーワード:外国人社員,中小企業,ビジネス日本語教育,留学生の就職 日本で就職する留学生が増えている。平成 27 年(2015 年)には過去最多の 15,657 人が在留資格の変更を許可された(法務省入国管理局 2016)。しかし,この人数は同年に卒業した留学生全体の 30.1% に過ぎない。平成 18 年で既に 29%,翌 19 年にも 30.6% の留学生が就職をしていること,そして私費留学生に限っての調査ではあるが,就職希望の留学生はおよそ 5 割という結果を考えると(日本学生支援機構ホームページ),就職者が 30%前後で長らく推移しているのは,留学生の日本での就職が今なお厳しいことを示していよう。 一方,彼らを受け入れる側の動きを見てみよう。産業界の活性化と国際競争力の向上を目指す日本政府は,「高度外国人材」と呼ばれる高度な知識や技術を有する外国人の呼び込みを狙って在留資格の新設や優遇制度を開始したが,期待したほどの効果はなかった(五十嵐 2015,松下 2015)。そこで政府は,国内の外国人留学生に目を向け,大学卒業後の彼らを日本で受け入れるべく,以下のような方針を打ち出す(内閣府 2015)。高度外国人材の「卵」たる留学生の国内企業(特に中小企業)への就職拡大のため,関係省庁の連携の下,情報の共有等を進めマッチング機能を充実させるとともに,先進的な企業の情報発信等を行う機会を設ける。(『日本再興戦略』改訂 2014) ここに「国内企業(特に中小企業)」と明記されていることに注意されたい。留学生は,イノベーションを起こす研究開発や IT 技術者・投資家ではなくて,特に中小企業を支え31―国内勤務を経て駐在員として帰国した場合―要旨1.はじめに鈴木 伸子【論 文】中小企業の海外拠点で働く外国人社員の再適応
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