早稲田日本語教育実践研究 第6号
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12早稲田日本語教育実践研究 第6号/2018/11―302.先行研究本研究は,文法項目の習得状況を把握するうえで,学習者の観点が必要不可欠と考え,具体的な場面における特定の文法項目の使用に関する学習者の捉え方を調査し,学習者自身の観点に立ち,分析と記述を試みることを目的とする。文法項目としては,日本語教育において初級で既に取り上げられている,使役形の〜(サ)セルと授受表現の複合形式の一つである〜(サ)セテクダサイを取り上げる。具体的には,〜(サ)セテクダサイが使われうる許可依頼の場面における,〜(サ)セテクダサイを含む複数の表現形式の使用について,学習者がどのような認識を持ち取捨選択しているのかを,自由産出課題およびインタビューで調べ,その結果に基づいて分析する。使役は日本語学の分野で受身などと同様に,動詞の形態と文の格との関係を論じる文法カテゴリーで,ヴォイスの一つとして扱われることが多い(寺村 1982,高橋 1985 など)。従来の使役に関する研究は,〜(サ)セルが単独で使われる文に焦点が当てられ,分析者の作例に基づいたことが多い。また,分析の対象は,「お母さんは子どもに嫌いな野菜を食べさせた」のような「強制」や,「教師は学生に読みたい本を選ばせた」のような「許容」といった〜(サ)セルが文において表す意味に重点が置かれていた(佐藤 1986,森田 1988 など)。近年は,コミュニケーションにおける使役の使用実態へ関心が向けられるようになり,単独の〜(サ)セルだけでなく,〜(サ)セルとほかの文法形式との複合形式も分析対象として扱われるようになった。前田(2011)は,ドラマのシナリオから収集した用例を資料に用いて分析した結果,単文で用いられる使役表現 1)が全体の 3 分の 2 を占めており,その内の 3 分の 1 が〜(サ)セルと〜テアゲル・〜テモラウ・〜テクレルなどの授受表現との複合形式(以下,使役授受表現)であることを明らかにした。森(2012)はコーパスを用いて使役表現の使用実態を調べているが,口語体に近いコーパスのデータでは,日本語教育で最も中心的に取り上げられている「部長はミラーさんをアメリカへ出張させました」や「部長はすずきさんを 3 日間休ませました」のような使役文より,使役授受表現のほうが出現頻度が高いことが示されている。これらの研究から,実際のコミュニケーションにおいては,単独で使われる〜(サ)セルよりも,使役授受表現のほうがより多く使用されている形式であり,日本語教育における使役授受表現の指導が重要であることが示唆されている。日本語教育において,使役授受表現の指導は既に行われてはいるが,日本語教科書が扱う使役授受表現の形式にはばらつきがある(高橋・白川 2006)。高橋・白川(前掲)は『みんなの日本語』などの 5 種類の主な初級の教科書で扱われている使役授受表現を詳細に調べている。その結果によると,教科書で扱われている使役授受表現は,〜(サ)セテクダサイと,〜(サ)セテイタダキタイ,〜(サ)セテイタダケマセンカ,〜(サ)セテイタダク,〜(サ)セテアゲル,〜(サ)セテモラウ,〜(サ)セテクレル,〜(サ)セテモラエルの計 8 つの形式がある。複数の教科書で扱われている形式は〜(サ)セテクダサイと,〜(サ)セテイタダキタイ,〜(サ)セテアゲル,〜(サ)セテモラウ,〜(サ)

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