早稲田日本語教育実践研究 第6号/2018/107―108 1083.授業の目的4.評価の方法5.楽しく作文を書くための学習環境のデザイン なぜ上記のような授業をしているかというと,大きく三つの理由がある。第一に,教師が添削してしまっては,学生自身の力として身につかないからである。第二に,クラスが大人数のため,学習者一人一人がその作文やレポートでどのようなことを言いたいのか,どんなこだわりを持っているのかなどを教員が把握することは非常に難しい。教員が勝手に直してしまっては,学習者が大切にしている部分をつぶしてしまう可能性があるからである。第三に,自国では実際に日本人と触れ合う機会が少ないであろうから,多くのボランティアと触れ合うことにより,文章を書くことにとどまらない学びのリソースを提供したいと考えたためである。 つまり,本授業では論理的で優れた文章を書けるようになるためのスキルを身につけさせることを目標としているわけだが,それと同じくらい誰かに説明したり,意見を言い合ったり,共に考えたりしながら意味交渉をするプロセスを重要視しているのである。 本授業ではテストは行わず,以下の方法で成績を付けている。 ①規定の数の作文・レポートとプレゼンテーションの質 ②締め切りを守らないと,減点&教員からのフィードバックなし ③出席・参加度(欠席− 4 点,遅刻− 2 点) 学期末のアンケートでは,「ボランティアがそれぞれ異なる興味を持ち,意見や助言も多種多様であるため,非常に勉強になった」「辞書を使って探した言葉は,多くの場合,ボランティアに直される。“辞書の日本語”から“日本人が使う日本語”へ書き直すプロセスが楽しかった。」といった記述が多く見られる。学習者は文章を書くこと,そして様々な相手とディスカッションをすることで,作文・レポートのルールや技術だけでなく,文法,語彙,表現,日本や自国の文化に関する知識,会話などの能力を総合的に高めている。これらの相互交渉のプロセスこそが学ぶ意欲の源泉である。学習者は知のネットワークにおける関係性の中で自らのアイデンティティを構築しながら学んでいるのである。 また,テーマや文集のタイトルの決定など,学生の主体性を重んじることが,達成感などの動機付けにつながる。そして授業でのルールや評価の基準を明確にすることにより,自己管理能力を身につけさせることもできる。教員の仕事は学習のリソースとなるものを提供し,学びが起きる仕掛けをつくることである。善意の細かいお膳立てが,かえって学習を阻害し,学びの機会を奪ってしまうこともあるであろう。 楽しく作文を書くための学習環境を構築するためには,皆が自分のこだわりやアイデアを自由に出せ,ボランティアを含め,生き生きと自己実現できる居場所づくりをすること,そしてまずは教員自身が一番楽しむことが,肝要なのではないだろうか。(もりした まさこ,早稲田大学日本語教育研究センター)
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