早稲田日本語教育実践研究 第6号
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早稲田日本語教育実践研究 第6号/2018/101―102 102表 1 「自分史」テーマの例音楽と私(もりもと けいこ,早稲田大学日本語教育研究センター)(えんどう ゆうこ,早稲田大学日本語教育研究センター)4.成果と課題世界を広げるボランティア「本当のテーマは,実は自分でもわからない」という前提に立ち,丁寧なブレインストーミングを行う。その方法は,まず「人生のトップ 5 ニュース」「私に影響を与えた人」等のトピックでキーワードを挙げ,自分のことを語って話し合い,次にそのキーワードを使ってマップを作り,大事な部分を見つけるというものである。また,過去から現在の充足度の変動が可視化できるライフラインチャートの作成も併せて行う。こうした活動を通して学生たちは過去の多様な記憶を掘り起こし,テーマを見出していく。以下に,これまでの学期における「自分史」のテーマ例を挙げる。私の居場所とアイデンティティー 先生から受けた大きな影響 私にとって日本留学とは何か私とお父さん②「自分史」を書く:各自が決めたテーマと作品構成で少しずつ自分史を書き,提出する。授業ではグループ全員で一人ひとりの自分史を読み,コメントし合う。具体的には,内容や表現に関する質問・助言,共感する点,類似 / 相違の経験等を話す。話し合い後は,グループ活動で感じたこと等を「振り返りシート」にまとめる。もらったコメント等を参考に加筆修正を行い,書き進めることを宿題とし,読み合いと執筆を繰り返して完成する。③相互自己評価:本科目では「自分史」を学生同士がお互いに評価するため,執筆期間の後半に皆で話し合って評価項目を決める。完成したお互いの「自分史」を丁寧に読み,項目に従って評価シートを記入し,「相互自己評価会」を行う。④文集作成・将来を考える:評価コメントに基づいて最終修正を行い「自分史」の文集を作成する。また,これまでの活動をふりかえり,「将来マップ」を作成して今後の自分の在り方について考える。 この科目における最大の手ごたえは,学生間につらい過去や負の部分までを腹を割って書き話せる関係性が構築されることと,各々が安心できる居場所とも言える場を得られることである。目の前には常に自分の大事な経験や思いに真摯に耳を傾けてくれる仲間がおり,一人ひとりの人生に敬意をもって向き合う時間がある。彼らの年齢や留学中という特別な状況を考えた場合,それは自身と自分の将来をじっくりと考える機会として大変に貴重なものだと言える。「自分史」活動を通し,それまで目を背けていた過去の記憶に新たな意味づけをし,今の自分を形成するのに必要なものだったと肯定的に受け入れ,将来への自信を持てた者もいれば,人間一人の持つ物語の重みに気づかされ,他の人の存在を尊重するようになったという者もいる。「自分史を書く」が「書く」授業である限り,日本語の語彙・表現力の向上も勿論大切だが,担当者として,人と人がことばでやりとりする意義は何か,日本語教育の立場でできることは何かをよく考えながら,彼らの留学後の「自分史」にまで意味の残る活動が展開できるよう,今後も努力と工夫を重ねたい。

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