上田 潤子【インタビュー】早稲田日本語教育実践研究 第 5 号 早稲田大学日本語教育研究センター(CJL)の学生たちは,名簿の名前とは別に,呼んでほしい名前を自ら選択している。本インタビューは,呼んでほしい名前とアイデンティティの関係がどのようなものであるのかを明らかにすることを目的として,日本を含む 2 つ以上の国にルーツを持つ 7 名の学生を対象に行なった。それぞれに,現在に至るまでアイデンティティに関して少なからぬ□藤があったこと,また現在もアイデンティティの構築中であることを聞き取ることができた。現在,どの学生も,日本とそれ以外の国にルーツを持つこと,日本語とそれ以外の言語ができることを肯定的に捉えている。そこには,さまざまなアイデンティティが受け入れられる環境の存在が見えてきた。彼らにとって名前は,エスニック・アイデンティティを示すものとしてよりも個のアイデンティティを表わすものとして認識されていることがわかった。 キーワード:名前,アイデンティティ,学校,ことば,環境 筆者は 2015 年 9 月から翌年 2 月まで早稲田大学日本語教育研究センター(CJL)において漢字の 3 レベルのクラスを担当した。漢字クラスの特徴は,日本語を話す能力のレベルに大きなばらつきが見られるという点である。このことと関係があると考えられるもうひとつの特徴として,名簿に日本名を持つ学生が非常に多いということがあった。 授業では,はじめに,各自呼んでほしい名前を紙に書いて机の上に出しておくことが慣例となっている。教師は 1 学期間,これに従って学生を呼ぶこととなる。筆者は,各自が選ぶ呼び名に注目した。名簿に日本名と日本以外の国の名前がある学生がどちらを選ぶのか,そのことは自己に対する認識,つまりアイデンティティとどのように関係しているのか,明らかにしたいと考えた。 竹尾・矢吹(2006)は,日本に在住する外国出身者にインタビューを行ない,名前の使い方(名のり)とエスニック・アイデンティティの関係について分析している。個人の心理的傾斜や個人史を内包するような要因と,対人的状況や社会的状況を反映するような要因のせめぎ合いの中で名のりの形態が選択されているという。具体的には,出身文化の名前への愛着や思い入れがありながら,日本社会での受容度を考慮し,日本名に改姓する人が少なくない,といったことである。93―日本にルーツを持つ学生へのインタビュー―要旨1.はじめに2.名前とアイデンティティについての研究名前とアイデンティティ
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