早稲田日本語教育実践研究 第5号
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髙井 かおりビュー,実践の振り返り,「せめぎあい」【論 文】早稲田日本語教育実践研究 第 5 号  筆者は過去にタイでタイ人教師とともに日本語教育実践を行っていたが,その実践をやりにくいと感じていた。本研究は,筆者とタイ人教師との実践がうまくいかなかった要因を明らかにし,その実践がうまくいく,すなわち,実践を改善するための振り返りに必要な視点を考察する。まず,筆者がともに実践を行っていたタイ人日本語教師にライフストーリー・インタビューを行った。しかし本研究では,そのライフストーリーそのものではなく,インタビュー時のやり取りに注目し,実践の振り返りとして意味づけた。その結果,筆者とタイ人教師との実践がうまくいかなかった要因は,筆者とタイ人教師との「せめぎあい」の場がなかったことと,筆者がタイ語ができないというコンプレックスを持っていたことであった。そのことから,海外における非母語話者日本語教師と母語話者日本語教師の実践改善のための振り返りに必要な視点を 2 点にまとめて提示した。  キーワード: 海外の日本語教育,母語話者日本語教師,ライフストーリー・インタ 海外の日本語教育の現場では,非母語話者日本語教師と母語話者日本語教師がともに実践を行っていることが多く,両者間のコミュニケーション上の問題も報告されている(曹ほか 2010)。筆者も過去にタイで非母語話者日本語教師であるタイ人教師と 2 人で一緒に日本語授業をしていたが,授業の進め方,生徒への接し方,教科書に対する考え方などの違いからか,授業がやりにくいと感じることがあった。そして,その授業のやりにくさは,筆者が日本人で相手がタイ人だから仕方ないと思うようになった。しかし,日本語授業に限らず,複数人で何か一つのことを行う場合,各人の価値観や考え方の違いから何らかの問題が起こることは少なくない。そして,それらは母語が同じであればうまくいくというものでもないだろう。しかし,海外において,母語話者日本語教師が現地の非母語話者日本語教師とともに行う日本語授業がうまくいかないと感じた時,そのうまくいかなさの要因を「日本語非母語話者」「日本語母語話者」の違いに収斂してしまっていないだろうか。そうすることによって,海外の日本語教育の現場での非母語話者日本語教師と母語話者日本語教師がともに行う実践の改善が阻まれているのではないだろうか。75―ライフストーリー・インタビューの可能性―要旨1.問題意識実践改善のための振り返りを「せめぎあい」の場にするために 1)

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