伊藤 奈津美・石川 早苗・ドイル 綾子・藤田 百子・柴田 幸子【論 文】早稲田日本語教育実践研究 第 5 号 本研究はピア・レスポンスでの教師の役割を検討するため,①教師はピア・レスポンスの成否判断を何によって行っているか,②学習者はピア・レスポンスの何を評価しているか,またその評価要素は「レポートが書けるようになった」という自己上達感と関連があるかを調査した。その結果,教師はピア・レスポンスが『うまくいった』という判断をピア・レスポンス中の様子とプロダクト,またはプロダクトにつながる気づきや内省に関連を見出し判断するのに対し,『うまくいかなかった』場合には個人の能力や属性・態度,ピア・レスポンスの意義理解に原因を求める傾向があることがわかった。一方学習者に関しては,クラスメイトとの関係構築や情意面の充実感がレポートの自己上達感の重要な要素であることがわかった。以上から教師は学習者のピア・レスポンスの意義理解への働きかけを行うこと,学習者同士の関係性の構築を支援することが必要であると提案した。 キーワード:意義づけ,関係性の構築,メタ認知,外化,場の形成 近年,第二言語教育における教師主導から学習者主体へのパラダイムシフトに伴い,日本語教育にピア・ラーニングが取り入れられることが増えてきた。池田・舘岡(2007)によれば,ピア・ラーニングとは言葉を媒介として,学習者同士が協力して学習課題を遂行していく活動である。このうち,作文・レポートを書く際に行われるピア・レスポンスは早稲田大学日本語教育センター(以下,CJL)で開講されている総合科目群の多くの科目でシラバス 1)に組み込まれている。ピア・レスポンスとは,「作文の推敲のために学習者同士がお互いの書いたものを書き手と読み手の立場を交替しながら検討する活動」(池田・舘岡 2007:71)である。総合科目群は,日本語の 4 技能の段階的な学習を目的とし,初級から上級までの 6 つのレベルで構成されている。そして,同一の授業内容で各レベル5 クラスから 10 クラス程度を開講している。1 クラスの定員は 15 名から 20 名で,1 つのクラスを複数の教員が担当するチームティーチングの形式で実践されている。このように同一シラバスで複数のクラスが開講されている場合,授業の質を全クラスで担保する必要があるため教師はコーディネーターによって作成された共通のシラバスに則って授業を行う。多くのレベルのシラバスには,作文やレポートを書き,学習者同士で話し合うというピア・レスポンスが含まれている。シラバスにピア・レスポンスが含まれている場合,複数の教師がチームティーチングで関わることとなるため,ピア・レスポンスについて教師間の認識や学習者へのアプローチの方法等,実践の共有が重要になると考えられる。チー57―教師の成否判断と学習者の自己上達感からの考察―要旨1.はじめにピア・レスポンスにおける教師の役割
元のページ ../index.html#61