早稲田日本語教育実践研究 第5号
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 本稿では,多賀・林(2014)よりも,自己開示の深さについてより詳細に分析できたといえる。これは,丹羽・丸野(2010)の自己開示の尺度のほうが,より詳しく妥当性の高い尺度であったためと考えられる。そして,さらに本稿では,レベルの細分化によって,統計学的に多重比較することが可能となった。それにより,学習者個人間では,4 つのレベルの自己開示の深さの現れ方は,同じような傾向を表わしていることが明らかになった。そしてその傾向は,丹羽・丸野(2010)の分析によると,親しい友だちへの自己開示の現れ方,また武田・前田・徳岡・石田(2012)の親友に対する自己開示の現れ方と同様の傾向が示された。したがって,このことは「支持的風土」が醸成されていることの現れであると推測される。自己開示の尺度を,変えてみるだけで,多賀・林(2014)と異なるクラスの雰囲気が見えてきた。川口(2011)の提唱する「個人化」「文脈化」の授業では,「クラスには,その成員である学習者一人ひとりの主体性・独自性が容認され,成員相互に柔軟で機能的かつ心理的に濃密な結びつきを持つ『内集団化』(縫部 2001:190-191)」(川口 2011:38)が起こる。その結果,学習者には,丹羽・丸野(2010)の記述のとおり,親しい友だちに対する自己開示の現れ方と同じ傾向が現れたと考えられる。したがって,自己開示の深さを分析することは,「支持的風土」がどのように醸成されているかを知ることのできる指標と成り得ると考える。 また,初級クラスの学習者 8 名を対象に研究を行ったが,対象者の人数を増やすことや,中級以上のクラス 11)でも,川口の教授法を実践し,同様に検証してみることも必要である。ただし,丹羽・丸野(2011)の自己開示の尺度は,日本人の同性の被験者を対象としたものである。本稿の対象は男女の外国人であり,生まれ持った性格が日本人と異なり,また性差があり,それが「支持的風土」醸成に少なからず影響を与えたことは否定できない。例えば,日本人同士であるよりも,国の違いから積極的に相手を知りたいと思い,会話が弾むことがあったかもしれないし,母国から離れているので寂しいから,クラスメートをより身近に感じることが,「支持的風土」醸成に影響を与えたかもしれない。また,男女ということから,特別な興味が相手に生まれたかもしれない。また,その反対に男女だから話しにくいとか,あるいは,母語が違うので,英語で話さなければならないという「支持的風土」の醸成を抑える要因があったかもしれない。今後は,国籍や性差なども考慮した新しい尺度の開発も必要である。 また,本稿では学習者全体の自己開示の深さに着目し,分析を行ったが,学習者個人の分析は,行っていない。学習者が,どのような授業態度であったか,日本語能力はどうであったかなど,今後は多賀・林(2014)の分析結果とも照らし合わせ,個人の分析を行う必要がある。そして,本稿では,各作文のテーマの影響による自己開示の現れ方に関しては,触れていないが,作文のテーマの影響が少なからずあったことは否定できない。また,学生のプライバシーの問題にも配慮しなければならない。学習者にとって負担になるような自己開示を表出させるようなテーマや教師の指導は,避けなければならない。 今後は,学習者自らが深い自己開示を現わすことによって,「学習者一人ひとりの主体性・独自性が容認され,―中略― 『内集団化』(縫部 2001:190-191)が起こり,―中35多賀三江子/初級日本語クラスでの「個人化作文」における自己開示の深さの分析6.まとめと今後の課題

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