早稲田日本語教育実践研究 第5号
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□□□□ 固定観念からの脱却□筆者達は現地で計5つの授業を担当したが、その中に大学院1年生の「日本事情」の授業があった。対象となる学生の多くは、30代の社会人の方で、現役の日本語教師もいた。現地の先生からこの情報を聞いたとき、筆者達は戸惑った。筆者達よりも人生経験の長い方達に筆者達が教えられることは何だろうかとグループで話し合った。そして、筆者達が教えるというよりも、むしろ人生の先輩から筆者達が教わるという形の授業案が生まれていった。扱う題材は、学生からの要望の多かった日本の若者の現状にし、新聞や論文、本で調べたり、自分達自身が現在悩んでいる問題について話し合ったりして、「女性のライフプランニングと婚活」というテーマに決定した。 このアイディアは一人の力では決して生まれなかった。「教師が学生に教える」という教師の立場を当然とみなさず、現地の学生や自分達を客観的に見て、「教師が学生から教わる」という授業を行ったことは、自分の今までの教師観を変容させるきっかけにもなった。また、教師経験が少ない自分達だからこそ、柔軟な発想で実行できたのだという自信にも繋がった。 筆者は SEND プログラムへの参加以前、教師の能力は教授年数が大きく影響すると考えていた。しかし、SEND プログラムを通し、日本語を教えた経験年数が長ければ長いほど素晴らしい授業ができるというわけではなく、自分達の今までの経験を総動員し、妥協せずに取り組むことによって、学習者にとってよりよい授業を生み出せると実感した。そういった SEND プログラムでの成功体験から、より長いスパンで挑戦してみたいと考え、フランスの大学での長期日本語教育インターンプログラムへ応募した。 フランスでも、初めは周りがフランスで長年教えている先生方ばかりで、その先生方の意見に迎合してしまうことが多かった。しかし、SEND プログラムでの経験を思い返して自信を取り戻し、他の先生方の意見も参考にさせて頂きながらも、それが学生のためにならないと感じた場合は伝えるようにした。もちろん自分の考えの及ばない点も多々あり、それが全て上手くいったわけではないが、SEND プログラム以前の筆者であれば考えられなかったことであった。 以上、SENDプログラムは、派遣前に半年の授業、派遣中は2週間の実習と期間自体は短いものであったが、SENDプログラムにおいて自分自身の弱点を自覚し、それを克服していくというプロセスを経ることは、筆者の自己肯定感を高めることに繋がった。大学院修了後は外資系金融機関への就職が決定しているが、SENDプログラムを通して得た自信は「社会に貢献し、自己も成長し続ける」という筆者の進路選択の軸に多大な影響を及ぼした。年度報告 □□ 成長を実感した SEND プログラム後の自分 □□ おわりに 229

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