冨倉教子/「自由発表」とモチベーション ど文法だけでなく,話すことや人前で発表することへと広がっている。またこのような学習者の変化は,「14.自由発表はよかったですか?」という質問に対する回答,「最初,みんなの前に話すことがとても下手ですけど,今は問題ない。」などからも見られた。これらは「自由発表」が学習者に日本語そのものだけでなく,その言語を使用して話し,発表することに少なからず自信を持ったということの現れなのではないかと考えられる(有能性の欲求)。Ryan and Deci(2002)は有能性について,「(前略)獲得した技術や能力というより,むしろある行動において自信や効力を感じることである。」と述べている(p.7)。上記「自由発表」からうかがえる結果も,実際に学習者の日本語の能力が向上したか否かという議論より,むしろ学習者がそのように能力がついたと自信に思うこと,そのことが次の日本語学習のモチベーションへと繋がっていくのではないか,ということを示唆していると考えられる。 また「話す」内容と「有能性の欲求」には関係性が見られる。アメリカの大学におけるスペイン語習得の研究では,学習者が個人の思い入れのある物を 5 つ持参し,それらを一人ずつ他の学習者にスペイン語を使用して口頭で紹介するという活動を行った。その中である学習者は,「スペイン語を話すのは難しいが,自分のことを話したり好きな物について話したりするときはより簡単である。」(Jones et al., 2009, p.182)と説明している。同様に「自由発表」のアンケートからも,「自分が好きなことを日本語で紹介することはできるようになった。」というコメントがあるが,いずれも話す内容が,学習者の学習している言語に対する自信を引き出した可能性がある。 5-1-2.(2)自律性の欲求 発表内容や形式すべてを学習者が選択できるこの「自由発表」では,「自分の興味を持ちテーマを詳しく説明することができる。」,「自分の好きなことを紹介することができる(以下略)。」(「432.」参照)といったように,好きなことを発表する楽しさが動機付けとなり,言語学習になんらかの影響を及ぼした可能性もうかがえる。これらは「自律性の欲求」と関係を示していると考えられる。Ryan and Deci(2002)は「自律性は興味や統合した価値によってなされた行動と関係がある。」と述べている(p.8)。そして「自由発表」では,自分でテーマや形式を選択しそれに関して責任を持つ,という意味でも「自律性の欲求」を満たしていたと推測される。上記 Jones et al.(2009)の研究で行った活動も,学習者が 5 つの物を選び,話す内容(情報)を選択するなど,学習者に「自律性」を与えたものである。「自由発表」後のアンケートで,「自分で選んだから自分のテーマについてわかることが多いし,紹介したいものについて発表することは『負担が大きい』と思わなかった(以下略)。」とあるように,学習者は選択決定やある種の自律性を与えられた活動を行うことは困難と感じていない。むしろ「はっぴょうじかんをぞうかしたらいい!」という意見も見受けられたように,学習者の「話す」活動に対する学習継続意識へと導いていると考えられる。 5-1-3.(3)関係性の欲求 上の結果から見られるように,自由発表の利点として,「はい」または「とても」と回15
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