早稲田日本語教育実践研究 第5号
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トンプソン美恵子/長期的なキャリア形成を視野に入れた日本語教育 ているお金,精神,人間関係などの生活の基盤となる‘溜め’(湯浅,2010:45)がどの程度あるかについて考える「溜めチャート」を作成した。ふり返りで多かったのは,以下のように,自分の環境やそれを整えてくれた家族に対する感謝である。「大学に入学した時,両親に『子どもがエリートになれるようにこの4年はしっかり努力する』と豪語した。2年生の頃,『五体満足』というキーワードを授業で見て,親の気持ちが少し理解できた。自分が無事で生きてきたことこそ,本当の幸福だ。(学部 3 年生・中国)」3-4-2.第 4 ~ 10 回:グローバル化社会における「雇用」を中心に 次に,7 回かけてグローバル化社会における「雇用」をテーマとして扱った。第 4 回は香港の大学院留学生(ドキュメンタリー『就職前線異状あり !? 外国人留学生の就活』),第 5 回は 1997 年の就職氷河期に大学を卒業した 2009 年当時 35 歳の 4 名(ドキュメンタリー『NHK スペシャル:35 歳を救え』),第 6 回は節税のためシンガポールに移住した新富裕層のデイトレイダー(ドキュメンタリー『新富裕層 vs. 国家〜富をめぐる攻防』)などの群像を通じ,人々の働き方や生活からグローバル化社会を考察した。 例えば第 4 回では,香港の有名大学を卒業し,中国語に加え英語も堪能な大学院留学生の陳さんが,60 社以上の企業をエントリーするも,日本語のアクセントなどの問題で内定がないという事例をめぐり,議論を行った(議論の内容は,表 1)。その後,「ロールレタリング(役割書簡交換法)」(岡本,2012)の活動の中で,陳さん,陳さんのお母さん,就職支援会社の浅井さんのいずれかに宛てて共感したこと,尋ねたいと思ったことなどを書き,ペアで共有後選んだ人物になりきって自分が書いた手紙への返信を書く,という活動を行った。ふり返りでは,政策と企業の温度差や留学生と企業のミスマッチへの指摘が多く見られた。一例を示す。「留学生は高度人材の大きな供給源となると思います。一方,(中略)留学生自身がどういった前提で日本に留学したいと思っているのかも考えるのが大事だと思います。卒業後日本で就職したい方がたくさんいても,受け入れる企業,そして働きやすい環境を整えなければなりません。(20 代前半 CJL 生・ベラルーシ)」また,次にあるように,就職活動中の受講生は陳さんと自分の状況をリンクさせてふり返りを行っていた。「陳さんの悩みにとても共感できます。色々な留学生向けの就活支援活動があっても,企業側が留学生に対してそこまで積極的でないと就職活動を通して感じました。自分の日本語能力に自信を持っていても,やはり外国人として日本人と競争しますので,話し方や考え方の違いは非常に目立ちます。(学部 4 年生・中国)」 第 7 & 8 回では,第 5 および 6 回の事前課題で調べたグローバル化社会における「雇用」に関するキーワードなどを使ってグローバル化社会の問題や要因を整理し,その構造を可視化する「つながりの図」をグループで作成・発表する活動を行った。事前課題で提示したキーワードは,バブル崩壊,就職氷河期,規制緩和,生涯賃金,終身雇用,新富裕層,不労所得,人材流出などである。第 4 〜 6 回では人々の生活からグローバル化社会をミクロ的な視点で観察したのに対し,「つながりの図」の活動では,マクロ的な視点でグローバル化社会を俯瞰した(図 4)。「つながりの図」の作成手順を以下に示す。137

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