早稲田日本語教育実践研究 第5号
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 そこで本稿は,留学生の長期的なキャリア形成を視野に入れた日本語教育の試案として,早稲田大学日本語教育研究センター(以下,CJL)で筆者が担当するテーマ科目 4)「事例から学ぶグローバル化社会と私 7­8」5)の実践を記述していく。 なお,金原(2008)が提案した教養教育を展開すべく,当該科目では持続可能性日本語教育(岡崎,2009)に依拠して授業デザインを行った。持続可能性日本語教育とは,自己を起点としてグローバル化社会での人・モノ・コトの関係を能動的に把握し,その関係の中に生きる当事者としてよりよく生きるための展望を見出す力,その過程で多様な他者と対話し,学びあう力を醸成する内容重視の日本語教育である。持続可能性日本語教育は学部の教養教育に応用されたこともあり(鈴木・トンプソン,2013),グローバル化社会を生きる上での教養の滋養に資すると考え,参考にすることとした。3-1.受講生 2014 年度秋学期に筆者が設置した CJL のテーマ科目「事例から学ぶグローバル化社会と私 7­8」は,上級から超級を対象としている。履修者数は学期によって異なるが,10 〜20 名程度である。このうち,いずれの学期も 1,2 割の受講生が就職活動中であった。 受講生の特徴は多様性である。受講生は CJL で日本語を半期または 1 年学ぶ者に加え,学部留学生,大学院留学生,日本語を第一言語としない日本人の学部生など,その所属は多岐に渡る。これまで履修した学生の国籍も日本,中国,台湾,韓国,モンゴル,シンガポールなどのアジア圏,ロシア,ベラルーシ,ドイツなどのヨーロッパ圏,アメリカ,エジプトなど様々であった。また,複数の民族ルーツを持っている,複数の国・地域で教育を受けた,社会人経験を数年有するなど,受講生の背景も多様である。このように,この授業自体がグローバル化社会の縮図であり,多文化な人々で構成されている。3-2.授業の目標と方針 この授業では,日々変化するグローバル化社会での問題に対し,受講生が自分を出発点として考えることで,思考を深める言語使用を目指す。授業目標は以下 3 点である。1)グローバル化社会で起きていることを当事者の視点から考える。2)グローバル化社会における問題と自分や身近にいる人々とのつながりを見出す。3)グローバル化社会での「生き方」に対する考えを更新し続ける思考力を身につける。 これらの授業目標の下,ドキュメンタリー映像に登場する人々の事例,すなわちグローバル化社会を生きる‘群像’を通じ,グローバル化社会の問題と自己を関連付けて考えることを促す。これは,グローバル化社会における問題が他人事となりがちという開発教育での課題(岡崎,2009)を受けている。具体的には,グローバル化社会での大きな問題に対し,事例を巡る人々と自分やその家族,消費者・生産者・小売業者など,複眼的な視点から検討するとともに,グローバル化社会の動きや構造を俯瞰する。そして,自己・他132早稲田日本語教育実践研究 第5号/2017/131―1402.本稿の目的3.実践の概要-テーマ科目「事例から学ぶグローバル化社会と私 7–8」

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