早稲田日本語教育実践研究 第5号
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トンプソン 美恵子【ショート・ノート】早稲田日本語教育実践研究 第 5 号   キーワード: 高度外国人材,生涯学習,持続可能性日本語教育,群像,既有知識 2008 年,文部科学省他関係省庁により留学生 30 万人計画が策定され,少子高齢化や日本企業のグローバル化を背景に,高度外国人材 1)獲得を目指した留学生の受入れが推進されてきた。一定期間日本語を学習後,母国での就職が前提とされた留学生 10 万人計画時代の「顧客モデル」から,日本での就職と定住を視野に入れた「高度人材獲得モデル」へと政策がシフトしたのである(芹沢,2012)。早稲田大学においても,2032 年までの達成を目指した「留学生 1 万人計画」2)が打ち出され,高度外国人材育成としての留学生教育の拡充が期待される。では,高度外国人材の育成はどのようになっているのだろうか。 高度外国人材の育成は緒についたばかりだが,2007 〜 2013 年に経済産業省と文部科学省が実施したアジア人財資金構想はその代表例だろう 3)。この事業の下,ビジネス日本語能力の養成,ビジネス文化・知識の理解,社会人としての行動能力の養成などを盛り込んだ日本語教育が採択大学で展開された。金原(2008)はこの事業を企業のニーズを満たす実践的なものと評価しながらも,高度外国人材育成では「教養教育」により焦点を置くことが大学の使命だと主張する。具体的には,グローバル化社会でよりよく生きることへの主体的な姿勢,そのために多様な他者を受け入れる力,生涯新しい知識を獲得し,統合していく力などの育成などを提案している。 他方,高度外国人材の育成,受入れには課題も多い。留学生の日本での就職者数は2014 年時点で 12,958 名と過去最高ではあるものの,就職希望者の 3 割程度に過ぎず,その原因は日本語力や就職活動・日本企業に関する情報の不足にあるという(文部科学省,2016)。また,就職の入口部分に加え,就職後の課題もある。留学生の平均勤続年数は 3年以内が約 3 割,5 年程度が約 4 割と比較的短い(新日本有限責任監査法人,2015)。高度外国人材の‘獲得’に加え,長期的な視点での‘育成’を考える必要があるだろう。 この点において金原(2008)が提案するように,いわゆるビジネス日本語教育を超え,人生の長期的な展望の見出しを視野に入れた教養教育を日本語教育で実現させることが有効ではないかと考える。情況がめまぐるしく変動するグローバル化社会においては,大学進学や就職が人生の安定を保障するとは限らない。上述のように,3 年以内に離職する留学生も少なくない。社会に出る前に就労や人生をめぐる自身の価値観やビジョンを考え,キャリアを長期的に捉える機会を日本語教育の場において設けることは,留学生の生涯学習を支える日本語教育を可能にするのではないだろうか。131―自己・他者・社会を学ぶ日本語学習の一考察―1.はじめに長期的なキャリア形成を視野に入れた日本語教育

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