早稲田日本語教育実践研究 第5号
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8早稲田日本語教育実践研究 第5号/2017/3―20 席率,テスト,宿題,レポートなど)となっていないため,直接的にはクラスの成績に影響を及ぼすものではない。しかし,この「自由発表」が言語活動/習得になんらかの影響を与え,結果,間接的にクラスの成績に影響を及ぼした可能性は考えられる。いずれにせよ,学習者から「自由発表」に対する前向きな評価/意見を得た過去のパイロットもそうであったように,点数による「成績」がつかないという条件下でこの活動をすることを意図とし,その状態での学習者の日本語学習ならびにその言動に着目した。なお,協力者にはあらかじめ,「自由発表」はクラスの成績に影響しない旨を告知し,その後活動を行った。 点数による「成績」を付けなかった理由として,協力者に「成績」に対する心配や不安を軽減させたかったということが挙げられる。言語にこだわらない内容重視の活動は,失敗や嘲笑されることへの不安を低い状態にする(Tsui, 1996)。香港大学での研究では,クラスで言語活動を行う上での「不安」を軽減するのに,語形ではなく内容を重視した活動に効果が現れたとしている(Tsui, 1996)。また「自由発表」では,協力者が正しい日本語(文法や語彙)を話すことに意識がいくより,間違いがあっても自分の意見や考えを自由に述べるという機会を設けることに重点を置いた。Elbow(1998b)は「書く」能力を上げるために,10 分間英語のスペルや語彙などを気にせず書き続けること(Free Writing)を推奨している。多くの人は表記や文法などを気にし,また翻訳を考えながら書いているが,Free Writing は内容的にも統語論的にも一貫性のある質の良い作文へと導いてくれる,としている(Elbow, 1998a)。また Harper(2015)はその研究のなかで,誘導されたフリーライティング(Guided Free Writing)は ESL 学習者の書く速度や作文構成を向上させ,また学習者も書くことに自信を持つようになったと述べている。Harper の研究では,学習者は映画を観た後,ガイドラインに従って 10 分間スペルや文法の間違いを気にせず自由に書き続けるという活動を行っている。「書く」活動と「話す」活動と活動内容に違いはあるものの,これらは文法や形式などにこだわらず,「自由」に自分の意見を表出するという点においては共通するものがあると考えられる。 一方教師のコメントやフィードバックは,「自由発表」において非常に重要な要素であると考えられる。この意味での「評価」は必要である。教師は協力者の言語活動(文法,表記,発音など)には触れず,発表の内容についてのみコメントを行った。実際には各協力者が発表直後に,内容的に興味深かったり,努力が認められたり,学生の思い入れが感じられたところなどについて,肯定的な言葉(面白いですね。すごいですね。など)が含まれた感想や意見を口頭で伝えた。また発表自体が発表者と他の学習者の双方にとって有意義なものになるよう,発表の障害にならない程度で援助を行った。具体的には発表者が発表を円滑に進められるように,言葉がつまったときには日本語の手助けをしたり,発表内容を補足したり広げたりして,他の学習者が発表内容に対して理解を深め,興味や関心を持つよう心がけた。その方法としては教師が直接コメントや助言を与えることもあったが,教師が発表者や他の学習者に質問を投げかけ,彼らに考えさせ意見を述べさせるような形で発表に参加するよう誘導しながら,その発表内容を広げられるよう試みた。

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