早稲田日本語教育実践研究 第5号
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国との繋がりの中で自己のアイデンティティを築いてきた。自己の固有性を十分に意識しているが,概してそれは肯定的な意識となっている。そこには,両親が,子どもが自己を肯定的に捉えることができるような環境を選んでくれていることも,見て取れる。Fは「僕はずっと私立に行ってたんで,今さら公立に行って大丈夫かって心配されてたんで(笑)。情けないんですけど。弟のほうはけっこうマインドが外人で自分の言いたいことは言えるし強く主張できる子だったんで,公立行っても大丈夫だろうってことで公立に行ったんですけど。」と語った。A は「あたしの高校はすっごくマルティカルチュラルで,いろんな国の人がいて,でも他のミックスの人とたまに話すると,やっぱりあたしと逆の生活,すごく大変だったとか,差別がすごく多かった,とか,そういう人たちもいるので,あたしは今考えるとすっごく恵まれてて,すっごくラッキーだったと思います。」と述べており,彼らが恵まれた環境にあったことは,彼ら自身も自覚していることがわかる。早稲田大学という進路についても,G は「カウンセラーの方が早稲田の帰国子女枠があるけどどうする,みたいなことを言われて,じゃ,それ受けてみます,って」と学校で助言を受けたこと,A は,母方の祖父の勧めで早稲田大学に行きたいと考えるようになったことを語った。現在 3 年生である F は,就職について悩んでいたが,最近グリーンカードの再発行でお世話になった弁護士に F の性格は弁護士に向いていると言われ,弁護士を目指すことにしたと話した。本インタビューを通して,さまざまな葛藤を抱きつつ人生を一歩一歩進んでいく学生たちの姿が垣間見られた。そこでは,家族や身近な大人たちの支えが大きな役割を果たしていることも確かである。 私たちの実践も,学生一人ひとりの人生において日本語を学ぶことがどのような意味を持つのかを常に考えながら,学生一人ひとりのより良い人生のための日本語教育であることを目指したい。参考文献相浦裕希(2013)「日本語を学ぶ子どもが語る『自分らしさ』―複数のことばに育まれるアイデンティティ」川上郁雄(編)『「移動する子ども」という記憶と力―ことばとアイデンティティ』くろしお出版,266-287川上郁雄(編)(2010)『私も「移動する子ども」だった―異なる言語の間で育った子どもたちのライフストーリー』くろしお出版竹尾和子・矢吹理恵(2006)「在日外国人の名のり行動における関連要因の検討―エスニック・アイデンティティ研究の一視点―」『発達研究』20 号,67-79朴育美(2008a)「名前とアイデンティティ(上)(自らを表現すること)」『ヒューマンライツ』 239 号,7-13朴育美(2008b)「名前とアイデンティティ(下)(「いま・ここ・私」を問う視点)」『ヒューマンライツ』 240 号,20-24(うえだ じゅんこ,早稲田大学日本語教育研究センター)早稲田日本語教育実践研究 第5号/2017/93―112 112

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