早稲田日本語教育実践研究 第4号
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⑥⑦ 早稲田日本語教育実践研究 第4号/2016/73―74テーマ3.2015年度春学期の参加者たちと「できごと」を結ぶもの2015年度春学期のクラスは,アメリカ国籍の日本人3名(①②③),フランス国籍のセルビア人1名(④),中国人4名(⑤⑥⑦⑧),イタリア人1名(⑨)の9名で構成されていた。彼らの選んだ「できごと」と彼らを結ぶテーマは以下の通りである。どのテーマも,国籍・民族に依らない「私」としてのアイデンティティが関わってきており,動機文の段階では自己アイデンティティについて興味深い議論が起こった。「広大な世界で自分を見つけるためには,国籍や人種,宗教というコンセプトではもう不可能で,ひとりひとりが自分を見つけだすコンセプトを自分で創りだすしかない」参加者のひとりが言ったことばが記憶にある。共に生きることにつながる力強さのあることばだと思う。4.圧倒される自己しかし,調査,発表と,その後の「できごと」を主体とした議論では,「私」を離れ,国籍,人種,宗教等をキーワードとした一般論の応酬に陥ることがたびたび起こった。当事者の顔が見えない「できごと」では,何百万もの死を引き起こす国家や民族の,或いは宗教の圧倒的な力の前に,ひとりの人生から生まれたテーマは委縮し,その翼をもがれてしまうのだ。その中でも,参加者のひとりはレポートでこう述べている。「私個人が何かを言ったところで何かが変わるわけではないが,自分の無知に気づき,受けた教育以外にたくさんの見方があること,私の意見をもてることを発見できたことは幸福なことだ」個人が圧倒される「できごと」だからこそ,こう述べた参加者がいつか,自己の中に「できごと」を取り込んでいく希望という,参加者の人生の長い関わりから,この実践活動という「できごと」を見つめなおす必要があるのだろう。黒人系日本人のミスユニバース日本代表米のアフガン侵攻と日本の報道ルワンダ虐殺シャルリ・エブド襲撃事件南京事件靖国神社とは何か天安門事件シャルリ・エブド襲撃事件できごと(たかはし さとし,早稲田大学日本語教育研究センター)表1 参加者のテーマと「できごと」①国籍と民族の異なる「私」は何者なのか②日米の間で揺れる「私」③民族とは何か④移民のアイデンティティとは何か⑤中国人である「私」が日本にいる今,考えたいこと日清戦争南京市出身の「私」は日本人の友に南京虐殺をどう語るべきか日本人のボーイフレンドの祖父は今も戦争に痛みをもち続け,天皇を憎んでいる(なぜ戦死者を奉るのか)⑧なぜ「私」は自国の教育が苦しかったのか⑨「私」にとって,表現の自由とは何か74

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