小宮千鶴子/理工系留学生のための数学の専門連語の選定2.先行研究教えられないものが多いのは確かだが,「物価が上がる」(連語中の下線部は専門語,以下同様)などの基礎的な専門連語なら指導可能であり,日本語教師は専門語の用法を教えることができない(仁科1997a:66)とまではいえない。留学生が基礎的な専門連語を学ぶ意義は,基礎的専門連語の学習と同時に,それらを通じて専門語にのみ注目しがちな留学生(実は専門家も同様)の意識を専門語の連語に拡大させ,専門語を連語の中で捉えるように促す点にある。外国語学習者が連語を意識化することは,表現力や理解力など外国語の運用力の向上だけでなく4),数学などの科目を外国語で自律的に学ぶためにも重要である(Eyckmans, 2010; Woolard, 2000)。専門語の連語を意識化した留学生が,専門分野の教科書や講義などから専門連語と思しきものを見出し5)専門教員などに確認すれば,一般語と同様に自ら学んでいくことも可能であろう。また,専門連語の意識化は,大学・短大進学率(現役)が5割を超えて6)多様な日本人学生が学ぶようになった現在の日本の大学においては,日本人学生にとっても有用と思われる。高校卒業程度の専門連語は,化学(小宮2006b),物理(小宮2007b),経済(小宮2010)の各分野については選定されている。経済の基礎的な専門連語は,学習サイト「経済のにほんご」によって自習が可能で,高校卒業程度の経済分野のデジタル教材7)や読解教材と組み合わせて利用することによって,専門語の運用力をさらに高めることができる。一方,数学の専門連語はまだ選定されていないため,本研究では,高校卒業程度の数学の専門語について専門連語を選定することを目的とする。日本語学習者用に数学の専門語の学習語彙を示した先行研究に,文部省(1966)『外国人のための専門用語辞典』,日本数学教育学会編(2000)『和英/英和算数・数学用語活用辞典』,小宮(2006a)「理工系留学生のための数学の専門語」,文部科学省(2007)「数学用語対訳一覧」,日本学生支援機構大阪日本語教育センター編(2011)『留学生のための理科系専門用語辞典』などがある。文部省(1966)『外国人のための専門用語辞典』は,日本の大学で自然科学を学ぶ留学生が一般教育で数学・物理学・化学・生物学・地学を学習する際に必要な基本的な用語を解説したもので,「関数,集合」など高校卒業程度の数学の専門語も含まれている。収載語数の記載はないが,本文のみで816ページあり,わかりやすい日本語と英語を用いて専門語の概念を解説している。用例がない点は,一般の専門語辞典と同様である。日本数学教育学会編(2000)『和英/英和算数・数学用語活用辞典』は小学校,中学校,高等学校の算数・数学の授業でやりとりされる11分野の基本的な用語316項目について解説したもので,留学生や帰国生,算数数学の教師などを読者として想定している。各用語について解説,用例,補説の3種の記述が日英両語で併記されている。用例は当該の専門語を用いた文で,「次の小数を読みなさい。」など用法として覚える必要性が低いものも含まれる。数学教育学会が選定した専門語は重要だが,用例が何からどのように選定されたか不明なため,本研究では使用しない。27
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