早稲田日本語教育実践研究 第3号
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40早稲田日本語教育実践研究 第3号/2015/33―42「Yさんの経験は「移動する子ども」(の)言語教育,特に母語や継承語の学習に関し5.考察いう生き方に関心が寄せられてきたのである。アンナさんは,第4ステージで「移動する」経験のある人のライフストーリーを書くという課題では,大学で出会った友人,Yさんにインタビュー調査を行った。その人を選んだ理由を次のように書いている。「日本語の授業で出会い,長期間海外で滞在していたことにも関わらず,日本語のレベルが高いという印象を受けた。そして,どのようにその日本語力をインドネシアで伸ばすことができたのか興味があった。」ただし,実際のインタビューで聞いたのは,「インドネシアでの言語学習」だけではなく,「アイデンティティ→何がアイデンティティ形成に影響しているか。本人はどのようにして自分を意識しているのか」ということだった。そしてアンナさんは,そのライフストーリー・インタビューから,「「移動する子ども」は言語的な問題だけではなく,自己意識に関する悩みを抱えていると実感した。自己意識やアイデンティティは母国社会への適応度や母国人のコミュニティーや文化との触れ合い,そして周りとの関わりによって形成されていき,複雑で重層的である。」と記している。この場合,「母国社会」「母国人」というのは,アンナさんにとって「日本社会」「日本人」をそれぞれ意味しているのであろう。アンナさんは,このYさんへのインタビューの内容と考察を20000字のレポートにまとめた。その最後の結論部分で,次のように書いている。て悩んでいるの親に参考になり,さらに,どのように一般社会がこのような子どもと接するべきかを示しているのではないだろうか。」以上のように,アンナさんの場合,このコースを受講する中で,テキストにあるライフストーリーやクラス内のディスカッション,また自分が行ったインタビュー調査,さらに,自分自身の経験をもとに,複数言語環境で成長する子どもが日本語をどのように学ぶのかということだけではなく,社会の中にある考え方や他者からのまなざし,他者との関係性から,複言語で育つ子どもが育ち,アイデンティティが構築されていることを考えるようになっていったことがわかる。最後に,このコースが言語教育においてどのような意義があるのかについて考察する。このコースの受講生の中で,複数言語環境で成長した人の割合は他の授業に比べ極めて高い。これまでの人生で複数言語環境に身を置いた経験のある人が,時には受講生の半数以上占める場合もあった。両親が国際結婚したケースだけではなく,いわゆる帰国生や,日本国籍者であるが大学に入るまで日本に居住する経験がなかった人やそのような経験の少なかった人,また外国人の両親を持ち日本で生まれ,日本の公立学校に通っていた人などもいる。これらの受講生の場合,自分が複言語で成長したこと,またその経験や苦労,悩み,疑問などを,この授業を受けるまで他者に語ることがなかったという学生がほとんどであった。中には,自分自身の複言語体験が当たり前すぎて考えることもなかったという学生もいた。

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