37川上郁雄/複言語で育つ大学生のことばとアイデンティティを考える授業実践4.受講生の気づきと学びした背景を持つ人をクラスに招いて,教師がインタビューアーになって実際にライフストーリー・インタビューをする。この際,事前に受講生にゲストの背景などを知らせ,受講生が聞きたい質問を考えさせることもよい。続く13回目は9章,14回目は終章を検討する。第4ステージに至ると,受講生はライフストーリーがどのようなものか,そしてこれらの「移動する」経験のある人のことばの課題やアイデンティティ形成について深く理解するようになる。さらに受講生は,今度は,自分がライフストーリーを書く番であるという意識が出てくる。そこで,第4ステージでは「ライフストーリーの書き方」について講義を行う。たとえば,レポートの書き方は自由だが,次の項目を入れるとよいと説明する。・名前:仮名か本名か。どちらでもよいが,インタビューを受けた人の意向を尊重する。・プロフィール:はじめに,その人のプロフィールを簡単に書く。・その人を選んだ理由:なぜ,その人を選んだか。あなたとその人の関係を書く。・その後は,インタビューした内容を書く。・インタビューした内容を書いた後に,興味を持ったことや気づいたことを書く。・そのことの背景に何があるか,どのようなことが影響しているかを考える。・それはどのようなテーマになるのか,またそのことについてあなたの意見を書く。・最後に,このインタビュー調査からわかったこと,学んだことを書く。・参考文献をつける。最後の15回目は,「振り返り:ライフストーリーを書き終えて」として,「ライフストーリーを書くとき,難しかった点は何か。」「ライフストーリーを書き終えて,気づいたことは何か。」「子どもの頃から,複数言語環境で成長する子どもの教育について,あなたはどのように考えますか。」などを,コメントシートに書かせると同時に,グループ・ディスカッションをし,さらにクラス全体で話し合いをする。以上が,このコースの全体の流れである。次に,実際にこのクラスに参加した,ある女子学生がコメントシートに書いた感想や最後のレポートを追いながら,どのような学びがあったかを示す。この学生は,オーストラリアから来た短期留学生である。調査協力については本人の了解を得ており,本稿では名前を近藤アンナ(仮名)と記す。アンナさんは,オーストラリア人の父,日本人の母のもと,オーストラリアで生まれ,成長した。オーストラリアの大学へ進学後,日本へ留学したいと考え,来日した。日本語学習については,オーストラリアで現地校に通いながら,週末の日本語補習授業校(以下,補習校)で学んだ。補習校では小学4年生から中学3年生まで通った。現地校のハイスクールでは,LOTE(英語以外の言語)として2年間,1週間に2時間,日本語を学んだ。さらに,大学へ進学後は,大学で2年間,日本語クラスを受講した。アンナさんは,この授業のシラバスを読んで,興味を持ったことが受講動機だと,授業終了後の筆者の行ったインタビューで語っていた。アンナさんは,この授業を4月から7月まで受講した。授業を受け始めた4月のコメン
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